仮面の綻び2
弘海は好奇心を抑えることができず、女性を職員室まで案内することにした。
こうしているだけで、未可子の知らない表情が見られるかもしれないと思うと、胸の奥で何かが弾けそうだった。
「なんか悪いね。案内までさせちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」
いつもこういう時に応対するのは未可子だったのに、今日は弘海がその役目を負った。
未可子の表情はいつも通りだけど、乗り気でないのか少し足取りが重いように弘海の目には映った。
でも不思議と帰るとは言い出さず、弘海と女性の後をついてくる。
「ここです」
弘海は職員室の前で立ち止まりそう告げる。
「へぇーずいぶんと綺麗になったんだねー。
私たちの時はむこうの汚い校舎だったからさー。
あの頃は新校舎の工事もしてたから、自由にグラウンドも使えなかったし。私たちの犠牲に感謝したまえよ。少年少女」
弘海は返事はせずに会釈だけで返すと、職員室の扉をノックした。
「失礼します。お客さんを連れてきました」
ガラリと扉が開くと、職員室内は閑散としている状態だった。
実際、部活動が行われている時間なのだからそれも無理はない。
入り口に一番近い席に女性の尋ね人は座っていた。
「松川先生。お客様です」
名前を呼ばれた松川は顔をあげこちらに振り返る。
そして、弘海の横に立つ人物を少し観察して笑顔に変わる。
「……古賀だよな。ずいぶんと立派になって。卒業式以来じゃないか?」
「そうだよね。ひっさしぶり。だって先生、急に転任になってて高校の制服見せびらかせに来たのにいなかったんだもん!」
古賀の言葉を受けて、松川の表情が一瞬強張ったような気がした。
弘海はその表情を忘れないように、一瞬だけキツく瞼を閉じた。
「……そうだったけな。あれから何年立つ?」
「えっと、五年だね。今年で私たち二十歳になりましたー!」
そう言いながら古賀は、両手を使って数字の二とゼロを作って見せる。それだと逆だけどなと弘海は心のなかで思ったが突っ込むことはしなかった。
「……そうか。もう、あれからそんなにたつか」
「なによ、しみじみしちゃって。まあ無理もないよね。色々あったし」
「……まあな」
松川の言葉には、どこか迷いのようなものがあった。
「で、今日は何をしに来たんだ?」
「ほら、あれだよあれ。えっと……タイムカプセル!二十歳になったら掘り起こすって話になってたでしょ?」
「ああ。あれか……たしかに、埋めたよな」
「何その反応!あんまり興味ないどころか都合が悪いみたいじゃん」
そう言われた松川は苦笑いを浮かべる。
「……いや、別にそういう訳じゃないさ。でも、みんな揃って開けるってのは難しいだろう。────それはどうするんだ?」
松川の視線がほんの一瞬だけ未可子の方に向いた気がした。
弘海が未可子の方に目を向けると、いつものように仮面が微笑んでいた。でも、どこか違和感を感じる。
何に対して違和感を感じているのかを考えていると古賀が口を開く。
「あっ、そっか。未希、行方不明なんだっけ」
「お、おい!」
松川先生が慌てて止めるが未可子が口を挟む。
「大丈夫ですよ。私、気にしてないので」
未可子はいつものように目を細めているが、頬が動いているだけで口元は笑っていない。
「だってさ。先生」
「しかし、な……」
「いえいえ、お気になさらず」
「ほら妹ちゃんもこう言ってることだし」
「……」
松川先生は憮然とした態度で古賀を見ているが、古賀がそれに気がつく様子はない。
でも、弘海はそれで良いと思った。それがいいと思った。
未可子の仮面の綻びを広げるためには必要な儀式だと思ったのだ。
友人を想う気持ちより好奇心が勝ってしまった結果だ。
「ミキさんってどんな人、だったんですか?」
「うーん。一言で言えば、破天荒だったね。頭はめちゃくちゃ良かったんだけど」
「例えば?」
「……一番は生徒会長をクビになったことじゃないかな。
辞任の挨拶もあったんだけどダンマリだったからね。あれにはさすがに苦笑いって感じだった」
チラリと未可子の方を見ると、未可子は俯いていた。どんな表情をしているのかが分からないのが惜しいと思った。
「……それは、とてもインパクトがありますね。
他にはなにかなかったんですか?」
きっと未可子が俯いている、触れられたくない秘密があるのだと弘海は思った。だからきっと、ここまで未可子はここまで着いてきたのだと弘海は解釈をした。
「んー、あ!
もっとヤバいのがあったよ!
修学旅行で行った国会議事堂で、未希のやつ急に非常ボタンを押したんだよ。
あれは大変な騒ぎだったね。でも、なんであんなに頭の良かった未希があんなことをしたんだろう……?」
古賀はヘラヘラと語り続けるが、それを松川が制止する。
「それくらいにしておけ。古賀はタイムカプセルの相談に来たんだろう?もう江間と……矢野は帰れ」
「はい。失礼しました」
完璧な笑顔を貼り付けた未可子はしゃなりとお辞儀をすると、スカートの裾が乱れるほどの速さで身を翻し、職員室から出ていってしまった。
────今、未可子はいったいどんな顔をしている?
きっと、今日一番の綻びを見せている。弘海はそう思った。
ミキという人物に興味がないと言えば嘘になる。
今は、それよりも目の前の観察対象を追うのが先決だった。
「失礼します」
弘海は一言だけ二人に発すると、慌てて未可子の背中を追いかけた。




