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第9話 憤怒の種

この作品は、映像化を想像しながら書きました。

読んだ時にお好きな俳優さんや声優さんを当てて、読書をお楽しみください。

よろしければ、誰をイメージしながら読んだのかコメント欄に書いてくださると、きっと楽しいコメント欄になると思います。

 今日来た客は始めから怒りの感情を携えていた。大きな音を立てて店の扉を開け、店主が「いらっしゃいませ」と言い終わる前にカウンター席へドカッという音をさせて座った。

 きちんとしたスーツに、磨かれた革靴。白が目立つ髪もきちんと整えられている。コロンの匂いと煙草の臭いも下品にならない程度に香ってくる、『古兵(ふるつわもの)』という言葉がそのまま人になったような客だ。

 店主は客に、「少々お待ちください」と断りを入れてから、表に出してあるOPNEの看板をひっくり返し、CLOSEにしてからカウンター内へ戻った。それがこの店にとって必要なことであり、店主の流儀だからだ。しかし客は一際大きなため息を吐いてこう言った。


「客を待たせるなんてとんでもない店だ! さっさとメニューを寄越せ」


 ここは店だから、今までもいろいろな客が来た。しかしここまで敵意を剥き出しにした客は初めてかもしれない。それでも店主もプロ。努めて平静に対応する。みーもなにか感じ取ったのか、いつも以上に気配を消しているようだ。

 茶色い表紙の二つ折りのメニュー表を客に出す。客はそれを引ったくるように受け取ると、メニュー表の隅から隅まで舐めるように目を走らせる。


「なんだこれ! これじゃどんなコーヒーかわかりゃしねぇ!」

「当店のメニューはすべてオリジナルとなっておりまして。他では味わえないコーヒーをお楽しみいただけます」

「ふん! こういういかにもな店はみんなそう言うんだ! 俺はこれでもマニアでね。あちこちの喫茶店やコーヒー店のコーヒーを飲んできたし、自分でもこだわって淹れるくらい、俺はプロだ」

「左様でございますか。プロのお客様にもご満足いただけるよう、心を込めてお作りいたします」

「ほう」

「どのコーヒーをお召し上がりになりますか?」

「面白い。じゃああんたの1番のお勧めを出せ」

「・・・・・・かしこまりました」


 店主は地下にある特別室へ行き、客の口に合いそうなコーヒー豆を持って戻ってきた。店にあるコーヒー豆は店主が心を込めて育てて焙煎した、まさに世界にひとつだけのコーヒーたちだ。

 みーの(まじな)いの掛かったカップからはコーヒーの木が生まれ、あっという間に成長する。その木から採れるコーヒー豆は、カップ1杯分だけ。

 この商売をもう随分長くやっている店主は、豆の匂い、焙煎中の匂い、質感や見た目でどのような味になるのかは大体予想をつけられる。最初はまったくわからなくて、客の口に合うものを出せず苦労したが、今では百発百中。客の様子や会話からぴったりのものを用意できるようになった。きっと、この豆もあの客に気に入っていただけるはずだと、店主は確信していた。


「お待たせいたしました」

「遅い! いつまで待たせるんだ」

「お待たせしております。これからお客様の目の前でこちらの豆を挽いてコーヒーをお作りしますので、ぜひ過程もお楽しみください」

「ほう。本格的なのはたしかなようだ」


 客が興味を向けてくれたのを確認してから、店主はいつも通りの手順で豆を粉にしていく。


「おいおい。こりゃ随分とレトロなもんを使ってるじゃないか」

「これが私の相棒です」

「こんな綺麗な状態のNo.2のグラインダー、初めて見たぞ。こだわってるのは本当のようだな」

「私はこれ以上の相棒を知らないだけにございます」

「またまた。こいつはマニアなら喉から手が出るほど欲しい代物(しろもん)だ。ましてやこんな綺麗なもん、俺は見たことがねぇ」

「恐れ入ります」


 客が店主の相棒をくまなく見ている間に豆は挽き終わった。しっかりとコクのある香りが店に広がり、店主はいつものようにカップにコーヒーを作り始める。


「おい! なにしてやがる!」


 突然客が怒鳴ったので、さすがの店主も驚いてしまった。みーも棚の上で体を跳ねさせた。幸い、客には気づかれなかったようだ。


「こんな上等なもん使って粉にしたってのに紙のフィルター使ってんのかよ! しかも抽出時間もめちゃくちゃだ! あんたとんだド素人じゃねぇか! おまけにカップに直接ドリッパーをつけるなんて!」

「これには理由がありまして」

「冗談じゃねぇ! 言ったろ! 俺ぁ資格も持ってるプロなんだよ! こんな素人が淹れたコーヒーに金なんて払えるか!」

「でしたら、飲んでいただいてお気に召さなければお代は頂きません」

「なんだと!?」

「私は私のやり方に誇りを持ってこのお店に立っております。それでお口に合わなければお代は頂けないと申したのです」

「・・・・・・本気か?」

「もちろんです」

「いいだろう。その覚悟気に入った」

「有難うございます。私のお勧め、『雪解けの花』でございます」


 店主は砂糖とミルクも出そうと思ったが、「俺ぁブラックで飲むんだ」と客に断られてしまったので、なにも付けずにコーヒーだけ差し出した。

 客は色や香りをしっかりと堪能してから、疑わしげに一口飲む。少し驚いた顔をして、カップをソーサーに戻した。


「お口に合いましたでしょうか」

「・・・・・・ふん」


 どうやら満更でもない様子。


「お客様の特別な一杯をお楽しみください」


 そうして客は瞬く間に姿を消した。所在なげにしているカップの中のコーヒーは、エヘンと胸を張っているようだ。


「はてさて、お客様はどんなお顔でお戻りになるのでしょうね。みーさん」


 みーはまだ、気配を消しているらしい。






 ここはどこだ。会社か? 客は突然変わった目の前の景色にうろたえていた。どうやらここは会社の喫煙室のようだ。最近は、やれ分煙だの禁煙だの、受動喫煙だのとうるさい。


「俺より上の先輩たちはみんな馬鹿みたいにあちこちで吸ってたが、みんな元気だしその周りの奴だってピンピンしてるじゃねぇか。まったくどいつもこいつも脳も根性も足りやしねぇ」


 客はいつもそう文句を言いながら喫煙所を使っていた。


「最近の若いもんもそうだ。働き方改革だのQOLだの、育休だのパワハラだの、今と昔は違うだの。俺はお前らよりもずっと長く仕事をしてきた大先輩なんだから、俺の方が経験もできることも桁違いなはずなのに、俺の言うことは聞きゃあしねぇ」


 喫煙所で誰かと会えば、いつもそう言って大きな声を出していた。周りの顔色など気づきもしない。


「ねぇ。この前あたし聞いちゃったんだけど」

「なになに?」


 隣の休憩室から女たちの話し声が聞こえる。壁と言ってもほとんど取って付けたような薄いついたてみたいな壁のせいで内容が丸聞こえだ。分煙なんて(てい)のいい言葉を使っているが、会社がそう簡単に部屋を増設できるはずもない。


「高田部長、この前奥さんに出て行かれちゃったらしいよ」

「え、嘘!」

「ほんとほんと。なんか部長、変な時期があったじゃない?」

「あったあった。じゃああの時」

「そう! 奥さんに離婚されて、お子さんも家に寄りつかなくなったって話」

「まぁあの人ならそうされても文句言えないよねぇ」

「ねー。家での様子も想像できちゃう」


 横でその本人が聞いてるとも知らずに下品に笑う女たち。たしかに高田は先月離婚した。女房から突然離婚を突きつけられた時はどうしてやろうと思った。今更あいつ1人でなにができる。ずっと専業主婦だったくせに。もちろん本人にもそう言った。女房はそれでも出て行った。

 3人の子どもたちも離婚を機に全員出て行くなりなんなりで帰ってこなくなった。長女が居れば家のことは任せられると踏んでいた高田にとっては、長女まで出て行くのは予想外だった。しかも彼氏と同棲まですると言う。聞き分けのいい子だと思っていたのに。


「結婚してもお父さんには知らせないから」


 そう言って出て行った。なんて恩知らずな娘に育ったんだ。あいつの育て方が悪いせいで、育ててもらった恩を仇で返すような人間に育っちまった。女房はろくな女じゃなかったということだ。そう自分に言い聞かせていた。


「高田部長ってさ、離婚しても全部奥さんとか子どもが悪いって思ってそうだよねぇ」


 どきりとした。今まさにそう思って気持ちを落ち着けたところだったからだ。


「あの人、こっちの話はちっとも聞かないし押しつけがましいし、自分が正しい、お前らが間違ってるってキレまくるからねぇ。一緒に住むとか無理だよね」


 どういうことだ。それは事実じゃないか。事実、自分は間違ってない。間違ってて、頭が足りないのは周りの方だ。俺は完璧にやってきた。


「あの行きすぎた完璧主義って言うのかなぁ、自分にそれが向いてるだけならまだいいけど、自分よりも他人に向けるのがムカつくんだよね」

「わかるー!」

「この前もさ、『お前、この前も言ったろ! これはこうやるのが正しいんだ!』って怒鳴ってきて。それ何十年前の話だよって思った」

「わかるわかる。こっちも、『子どもはまだできないのか』とか、『そんな電話対応はダメだ。もっと女らしくしろ』とか、ネチネチネチネチ」

「普通にセクハラでキモ」


 気づけば高田は女たちの話を夢中になって聞いていた。煙草の親玉が灰皿に落ちる。それを追うように顔から冷や汗が落ちた。

 俺は間違ってない。間違ってないはずだ。俺は完璧で。俺は完璧じゃなきゃいけなくて。俺は・・・・・・。


「高田君、また凡ミスよ」


 ハッと顔を上げると学校の教室だった。高田は教壇の前に立っていて、中学の時の担任がテストを持っている。高田の名前が書かれたものだ。90点と名前の横に書かれていた。


「せっかくいつも良い点数なのに、また同じミスをして」

「すみません」

「このくらいのテスト、100点取れないと」

「はい・・・・・・」

「みんなも! 今回100点取れなかった子は反省するように! 特につまらない凡ミスなんてもってのほかです。きちんと見直しをして、完璧な答案を目指してください」


 毎度公開処刑されるのは高田だけだった。テストや発表があるたびに、この担任は高田を名指しでなじった。完璧でないと冷や汗が出るようになったのは、このくらいからではなかったか。


「貴方にはもうついていけません。いえ、もっと昔から無理だと思っていたけど耐えてきました。一番下の子も自立したし、私の役目は終わりです。離婚してください」


 今度は家の中だ。離婚届は女房の欄がしっかりと埋まっている。


 どこで、どこで俺は間違えたんだ・・・・・・!






 使った紙フィルターやドリッパーを片付けていると、客が戻ってきた。顔面蒼白とはこのことで、目は見開かれているのに心ここにあらずといった具合のようだ。カウンターの上の握りこぶしは強く握られている。店に入ってきた時よりも幾分か老けたようにも見える。


「コーヒーはお気に召しましたか」


 店主が静かに問いかける。客がゆっくりと店主へ視線を移した。


「お、俺は・・・・・・」

「気に入っていただけたようでなによりです」


 血の気が引いてしまっている高田のカップは空になっていた。店主を見ていた視線が、またゆっくりとカップへと注がれる。


「あぁ・・・・・・うまかった」

「恐れ入ります」

「不思議な気分だ。これは、俺が知ってる『完璧』じゃないのに、冷や汗も出ないし、嫌な感じがしない」


 ふぅと息を吐いた高田は、ようやっと握りしめていた拳の力を抜いた。久方ぶりに肩の力を抜いた、そんな表情をしている。


「いや、なんだか気が楽になった。どうやら俺は、『完璧』という言葉に囚われすぎていたらしい」

「誰でもそういうことはございます。心に傷を負っていたり、なにか重い責任を背負っていたり、ご事情があったり、誰しもがなにかを抱えているものです」

「そう・・・・・・そうだな・・・・・・。実は、俺もこの前離婚してな、女房に出て行かれて子どもたちも寄りつかなくなっちまった」

「それは大変でしたね」

「正直、こんなに完璧にしてやってたのになんで恩を仇で返すんだってムカムカしてたんだ。会社の人間もそうだ。俺が完璧にやってるのに、それに着いてこない、理解しない、そんな奴らが俺の下に居るなんて反吐が出ると思ってた」

「・・・・・・(いか)るというのは、お疲れになるでしょう」

「・・・・・・そうだ。俺は、疲れていたのかもしれん」


 高田は目頭を押さえて、顔を天井に向ける。そのまま顔を両の手ですっぽりと包んで撫でると、また元の姿勢へと戻った。


「このコーヒーを飲んだとき、昔のことを思い出してね。中学の時、担任だった先生に完璧を求められて随分となじられた」

「それはそれは。多感な時期におつらかったでしょう」

「当時は冷や汗が止まらなくてね。あまり気にしてなかったし忘れてたんだが、実は自分が思っている以上にトラウマになっていたのかもしれん」

「お客様は『完璧』という言葉の由来をご存じですか?」

「由来? 完全なことって意味なのは知ってるが」

「完璧というのは『傷の無い玉』、つまり『傷1つ無い宝玉』というのが由来なんだそうです。それが転じて、『欠点や不足が全くなく、非常に立派なこと』という今の意味に用いられるようになったんだそうですよ」

「そうなのか」

「はい。差し出がましいようですが、お客様は『完璧』という言葉に身を隠すことで、ご自身の心の傷を隠してきたのだと思います。そうするしかなかったのですからお客様は悪くありません。しかし隠そうとするあまりそれが大きな欠点のように感じられ、周りにそのことを悟られないように『怒り』を表出させるしかなかった。ですから、お客様に本当に必要だったのは、怒りではなく『心からの会話』かと」

「会話、か。離婚の時、女房にも娘にも言われたよ。会社の連中にも、俺は会話のできない奴だと影で言われてる」

「会話をすることで自分の欠点も相手の欠点も受け入れられます。そこから新しい関係性や気づきを得ることもあります。会話を続けてお相手の心を溶かすことで、お客様の心の傷を隠すように積もった雪も溶かせるかもしれません。そうして、お客様の言う完璧な関係性へと近づくのだと思います」


 高田は小さく、「そうだな」と呟いて、しばらくなにかを考えていた。そして思い立ったように膝を打つと、「コーヒーうまかった。これお代」と言って店を出て行った。その足取りは少しだけ軽くなったようだった。


「大丈夫だった?」


 みーが人の姿でカウンター席に座る。店主はちょっとだけ、肩を落として脱力して見せた。


「いやはや、正直どうなることかと」

「ああいうタイプ、たまにいるわよね。関わりたくないから息も殺してたわ」

「懸命です。ですが、もうきっと大丈夫です」

「そうね、貴方のコーヒーを飲んだから」

「そんな大層な物ではありませんよ」


 みーの(まじな)いの掛かったカップから、コーヒーの苗木が生まれるのをじっくりと待つ。


「そういえば、今のやり方には理由があるとか言ってたけど、どんな理由?」

「あぁ。大した理由ではありませんよ。ただ、お客様がご自身でコーヒーをお作りになる時にも、手軽に楽しんでいただけるようにと思いまして」

「あぁ、そういうこと」

「はい。あまりお店で仰々しい物を使ってしまうと、コーヒーを作りにくくなってしまうかと思って」

「抽出時間がどうのって話は?」

「たしかに、粉にお湯を掛ける時間や回数の基準はあります。ですがそれはあくまでも基準。万人受けする数字なだけです。私はお客様の好みや豆によって変えますし、そんなこと気にせず作ったってコーヒーはおいしく作れます。要はご自分の好きなように作るのが正解、と言いますか」

「それもそうね」


 2人で笑い合うと、カップから小さな芽が出て、光り輝く苗木が生まれた。みーの探している『特別なコーヒーの木』だ。これで3つ目。


「3つ目が見つかりましたね」

「ええ。これは『憤怒の種』。だからあの人、あんなに怒ってたのかしら」

「そういうものなのですか?」

「心はね、共鳴するものだから」

「共鳴ですか」

「きっと、もう間もなくね」


 みーはなにか確信を持ってそう言った。すべての豆が揃ったら、一体どんなコーヒーになるのだろうか。

 店主は看板を店の中にしまい、苗木が生まれたカップを優しく裏へ運ぶ。本日はこれにて閉店だ。


「次はどんなお客様に特別な一杯を振る舞えるのか、今から楽しみです」

次話 『第10話 怨望の種』

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