第4話 初めての客
この作品は、映像化を想像しながら書きました。
読んだ時にお好きな俳優さんや声優さんを当てて、読書をお楽しみください。
よろしければ、誰をイメージしながら読んだのかコメント欄に書いてくださると、きっと楽しいコメント欄になると思います。
店の顔とも言える窓を拭き上げ、天井から吊された小さなランプも磨いていく。と言っても毎日綺麗にしているからホコリは溜まっていないのだが、やはりやらないと居心地が悪いのか店主は念入りに店中を綺麗にいていく。習慣とは偉大だ。
しかし窓を拭いた直後にみーが肉球の跡を付けて満足そうに店主を見るのは、どういう意図があるのか店主にもわからない。店主は内心、折角拭いたのにという気持ちになる。しかし毎度のことだから、肉球跡は明日拭くまでそのままにしている。それが店主の『文句』の言い方なのだ。
みーの本当の姿は人間の魔女だ。普段は猫として店の中で自由に過ごしているが、客が居るときは彼女の定位置で静かにしてもらっている。
みーは店主の大事な客の1人。彼女の注文は『特別な豆』を探すこと。それはなかなか見つからず、先日ようやく1つ手に入った。まだいくつか集めなくてはならないらしい。
いつものようにOPENの看板を表に出し、客の来店を待つ。今日は雨が降っているから、店主はタオルの準備もしておく。そういう心遣いも店主のこだわりのひとつだ。
窓から見える景色は不思議といつも違うように見えるのだが、きっと行き交う人が違うからそう見えるのだろうと店主は思うことにしている。正直言えばあまり外の様子には興味が無く、よく覚えていないというのが店主の本音だ。この店主は、きっと毎日建物が変わっても気がつかない。
「今日はお客、来るかしら」
人間の姿のみーが少し心配そうに窓に呟く。
「きっといらっしゃいますよ。こういう雨の日は温かいコーヒーが飲みたくなりますから」
「そういうものなの」
「そういうものです」
みーは猫の姿に変わるとひらりと自分の定位置に登り、くつろぎ始める。店主はのんびりとカップを磨いたり試作のデザートを作ってみたりしながら客を待つことにした。
「そういえば、あの日もこんな雨の日でしたね」
「みゃあ?」
「貴女と初めて出会った、あの日です」
店主はもう随分昔のことのような、つい最近のことのようなあの日を思い出していた。あの頃のことは記憶も朧気で鮮明には思い出せない。しかし彼女との出会いの日のことははっきりと記憶に残されている。
その日、男はまだ内装も終わっていない、手に入れたままの状態のこの店の中で、ただ無心で座っていた。これから自分が何をすればいいのか、そもそも自分はなぜこの場所を手に入れたのか。なにやら全ての感情が燃え尽きてしまったような、言いようのない虚無感に連日襲われていた。男はただただ座って何も見えない窓の外を眺めていた。
その日はひたすらに飾り気のない扉を眺めて、またいつの間にか明日になっているんだろうと男は考えながら過ごしていた。しかし眺めていた扉が重たそうな音を立てて開き、男は心臓が動いていたことを思い出すほどに驚いた。しかも入ってきたのは女性だ。
「お店、やってる?」
そう言って彼女は入って来た。とても楽しそうな顔をして。
「も、申し訳ありません。まだ開店していないんです」
「・・・・・・そうみたいね。せっかく良さそうなお店だと思ったのに」
「申し訳ありません」
「でもいいわ。やっと入れたし」
「はい?」
「注文したいのだけど、いいかしら」
「ですから、まだお店は・・・・・・それにどんな商売にしようかもまだ・・・・・・」
「あら、そこに素敵なコーヒーカップがあるじゃない。喫茶店なんでしょ?」
「え?」
男は彼女の指差す先を見てまた驚いた。そこには確かに赤い模様の入った白くて美しいカップが2セット置かれていたし、銀色のドリッパーやポットも揃っている。状態もとても良さそうだし、なにより初めて見たという気もしなかった。
その存在に今までまったく気がつかなかったわけなのに、面食らいながらも手に取るとこれがどうして、手にしっくりとくる。その瞬間、灰色になっていた男の世界が色づき、音が蘇った。
「注文、いいかしら?」
彼女がもう一度言う。その顔はとても楽しそうで、まだ何も無い店内に飾られた大輪の薔薇のようだった。きっと、豊かな赤い巻き髪が男にそう思わせたのだろう。
男はもちろん張り切ってコーヒーを作ろうとした。しかしそこであることに気がついて手が止まった。
「・・・・・・申し訳ありません。豆がありません」
そう、ここには客に提供できるコーヒーを作れるような豆などどこにも無かったのだ。なにせ内装は愚か、制服や看板すら用意できていないのだから、それはもう男はわかりやすく落ち込んだ。今まで自分は何をやっていたのかと落胆するほどに。
すると彼女はまた楽しそうに、「ふふふ」と笑う。カウンターの椅子に座った彼女が頬杖をついて、まるで仕返しができて嬉しいというような子供っぽい笑顔を浮かべてこう言った。
「私が飲みたいのは特別な豆から作ったコーヒー。そこら辺じゃ手に入らない。でも貴方なら手に入る」
「そんな珍しい物、私では・・・・・・」
「いいえ。むしろ貴方でないと手に入れられないわ。その特別な豆は、ここにやって来るお客が持ってるの。私がこのカップに呪いを掛けるから、このカップを使ってコーヒーを飲ませる。そしてそのコーヒーがお客の口に合ったら、『お客様の特別な一杯をお楽しみください』って貴方が言えばいいの。そうすると・・・・・・」
「そうすると?」
彼女は耳打ちをするようにぐっとその顔を近づけて男に囁いた。
「コーヒーの木がカップから生えてくる」
彼女は本当に楽しそうだ。男は、にわかには信じがたいその話を妙に納得した気持ちで聞いていた。彼女に対して、カップを手に取った時と同じような懐かしさを感じていたのだ。初めましてのようにはとても思えず、彼女の言葉は全て真実のように思える。男は思わずこう言い返した。
「貴女は・・・・・・魔女なのですね」
彼女は少しばかり目を大きくして、そして小さく、「ええ」と答えた。男は彼女を信じることにした。自分の初めての客の注文を叶えるため、まずは内装づくりに励む。
内装を整えている間に聞いた彼女の話からわかったのは、カップから生えた苗木を育てて作るコーヒーの作り方、その苗木は呪いの効果で通常の何倍も成長スピードが速いこと、彼女の言う特別な豆から作るコーヒーには数種類の豆が必要なこと、それを持った客は男に引き寄せられてやって来るということ。そして、全て集まるまでここに彼女も住むということ。
「住むと申しましても、ここは見ての通り狭い店ですし、2階の部屋も1つしか・・・・・・」
「大丈夫、こうするから」
彼女がそう言った途端、目の前には1匹の猫が現れた。薄く赤みがかった白い毛、ピンクの鼻、そして青い目をしたその猫は、カウンターの上で私を見つめて尻尾を揺らす。実に魔女にピッタリな姿だった。
「ね、猫になれるのですか?」
「にゃあ~」
猫になった彼女はのんびりとそう返事をした。どうやら一緒に住むという意見を変えるつもりはないようだ。
なぜ男の元にその豆が引き寄せられるのか、なぜ一緒に住む必要があるのかなど、聞きたいことは山ほどあったが、根掘り葉掘りと聞くのははしたない。彼女から自然と話してくれるまで待つことにした。しかし流石に喫茶店に猫が居るというのは、客の中には快く思わない者もいるだろうから、男は猫の姿の彼女が居ても目立たない場所を作ることにした。
扉の反対側の壁の右半分を埋める背の高い本棚を作り、剥き出しになっている残り左半分の壁には彼女が棚に登れるように板を交互に取り付ける。そのままでは何も乗っていない板が目立ってしまうので、小さな額縁に飾られた絵を、板を取り付けた壁に貼り付けていく。
これらの絵は2階の部屋に置いてあった木箱の中に入っていた物だ。薔薇の絵だったり、どこかの湖の絵だったり、森の中の小さな家の絵だったり。どれもなぜだか懐かしくて、男は見ているだけでホッとした気持ちになった。
最後に本棚の上に男の手持ちの中で1番上等そうなクッションを置き、絵の雰囲気と合う雑貨を棚の隙間を埋めすぎないように飾ったら、猫の姿の彼女の定位置の完成だ。彼女も気に入ってくれたようで、すぐに登ってクッションの寝心地を確かめていた。
そうして何日かかかってようやっと店が完成した日、男はあることに気づき、少々申し訳ない気持ちになりながら彼女に聞いてみた。
「そういえば、お名前はなんというのですか? あ、なんとお呼びするのがよろしいですか?」
「・・・・・・みーと呼んで」
「・・・・・・わかりました。みーさん、貴女のコーヒーをお作りできるまで、どうぞよろしくお願いいたします」
こうして男はこの店の主になった。最初のうちは本当にそんな豆を持った客が来るかわからなかったし、提供できるコーヒーが無ければカップも使えないので、いくつかの豆も仕入れておいた。
ちらほらと客は来たものの、初めのうちは客の口に合うコーヒーを提供できず、彼女の呪いが掛かったカップから苗木が生まれることはなかった。彼女の話は本当だろうかと不安になり始めた頃、店主は初めて、客が求めていたコーヒーを出すことができた。
驚いたのは、一瞬で着物姿のご婦人が目の前から姿を消したからだ。店主が慌てていると、彼女は静かに「待つように」とだけ言った。いや、彼女はみゃあと鳴いただけだから、実際にはなんと言ったのかわからない。しかし店主にはそう言ったように聞こえたのだ。
少しばかりの時間が経つと、また客が元の姿で椅子に戻ってきた。カップの中のコーヒーは空になっていた。そして客は今見たという不思議な夢の話をして、悩みを少し話した後、スッキリとした顔をして帰っていった。
彼女が棚から下りてきてカップをじっと見つめる。店主もそれに倣って静かに見守っていると、やがてカップの底から小さな芽が出てあっという間に苗木へと成長してしまった。彼女の言うことは本当だったのだ。
「この木は普通のコーヒーの木ね。私が探している豆の木じゃないわ」
「そ、そうですか。それは残念です。しかし本当に魔法が存在するなんて」
「あら、信じてなかったの?」
「そういうわけではありませんが。しかし魔法とは便利ですね」
「そうでもないわ。魔法には相応の対価が必要。むやみやたらに使うと破滅してしまう、恐ろしいものよ」
「そうなんですね・・・・・・」
「さ、名前を付けて」
「名前、ですか?」
「そうよ? 貴方が見つけた貴方だけのコーヒーの木。ここでしか飲めないコーヒー豆の木。だから貴方が名前を付けるの」
「しかし・・・・・・私はこういうものの才能が・・・・・・」
「いいから」
「うーん」
長く悩んで悩んで、ようやっと捻り出した名前を口にしてみます。
「では、『初めての豆』なんていかがでしょう」
あの時のみーのなんとも言えない表情と自分の才能の無さに店主は顔を赤くした。それからは随分マシになったと思うのだが、今でもみーから指摘が入ることを考えると、あまり成長はしていないのかもしれない。店主は思わず笑ってしまう。
みーが人の姿に戻って椅子に腰掛けた。
「なにがそんなにおかしいの?」
「いえ。すみません。みーさんと初めて会った時のことを思い出して」
「そんな昔のこと」
「初めてカップから生えた木に付けた名前、我ながらすごいセンスだなぁと」
「そうね。あの頃に比べれば、私のお陰でマシになったかもね」
「本当ですか? それはよかった」
「でも、センスがあるとは言ってない」
「・・・・・・手厳しい」
外の雨がかなり強くなってきた。これではもう、今夜は客は来ないだろう。店主は看板をしまって、扉にカーテンを掛けた。
「あら、結局今日は店じまい?」
「このお天気じゃ、さすがに。余ってしまったケーキとプリン、食べますか?」
「もちろん!」
本日はこれにて閉店。
「次はどんなお客様に特別な一杯を振る舞えるのか、今から楽しみです」
次話 『第5話 希望』




