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第3話 星光り

この作品は、映像化を想像しながら書きました。

読んだ時にお好きな俳優さんや声優さんを当てて、読書をお楽しみください。

よろしければ、誰をイメージしながら読んだのかコメント欄に書いてくださると、きっと楽しいコメント欄になると思います。

 ピカピカに磨かれたカップたち、汚れひとつ無い小さなカウンター。光をきらきらと取り込む窓。決して広くはないけれど、店主の大切な小さな店。

 この店には猫が居る。店主はみーさんと呼んでいるが、正確には魔女であり、猫ではない。

 そんなみーも店主の大事な客のひとり。みーの注文は『特別な豆』を探すこと。先日ようやく1つ手に入ったそれは、彼女が言うには『心満(しんまん)の種』という名前で、どうやら喜・怒・哀・楽・怨という人間の感情に関係するらしい。

 みーがそれきり話すのをやめてしまったので、店主は深く聞くのをやめた。根掘り葉掘りと聞くのははしたないと考えたからだ。必要になれば話してくれるだろうという信頼もある。

 いつものようにOPENの準備をして、客が来るのを待つ。窓から差し込む夕日がみーを赤々と染め上げている。1つ目の豆を見つけて以来、みーはこうして外を眺めることが増えていた。


「みーさん、眩しくないですか?」

「大丈夫よ」

「考え事ですか」

「そうね。私が探している豆は、ひとつ見つかればそれに引き寄せられやすくなるかもしれないから。ちょっとね」

「そういうものですか」

「そういうものよ」


 猫のみーは視線を変えずに静かに言い放つ。そうして小さくため息を吐いてから、彼女はいつもの場所に登ってくつろぎ始めた。店主がカップを磨きながらみーの話を思い返していると、カランカランと唐突に扉が鳴る。


「いらっしゃいませ」

「あの・・・・・・高校生でも入れますか?」

「もちろんです。来てくださった方は皆さん大事なお客様ですから」

「じゃ、じゃあ・・・・・・失礼します・・・・・・」


 入ってきたのはまだ10代中頃の女性で、シワのない制服に手入れの行き届いたカバン。そしてぴっちりと整えて1つにまとめられた長い髪。その佇まいからは品行方正という言葉が漂っていた。しかし元気があるという状態ではないようだ。

 店主はいつものようにOPENの看板をひっくり返し、客にメニュー表を渡した。品行方正な客は食い入るようにメニュー表を見つめている。


「コーヒーがお好きなのですか?」

「は、はい。ちょっと苦いのが、大人の味って感じで」

「なるほど。ではいつもブラックをお飲みに?」

「はい。こんな私が甘いのを飲んでるって、似合いませんし」

「そうですか? コーヒーに似合うも似合わないもないと思いますよ。飲みたいものを飲むのが1番美味しいです」

「で、でも・・・・・・こんな見た目で甘いカフェオレなんて、みんなに笑われます」

「それは許せません。本来コーヒーは美味しくホッとした気持ちで飲むものです。飲みたいものを我慢するなんて、ましてや人のことを笑うなど許せません」

「え、えっと・・・・・・」

「私に、オススメを選ばせていただけませんか? 絶対後悔させません!」

「じゃ、じゃあそれで・・・・・・」

「有難うございます」


 身を乗り出して迫る店主に気圧されて、客はうんと言うしかなかった。店主は準備をしながら、静かに、けれどはっきりとした口調で客に話し始めた。


「人を見た目で判断して、その人の気持ちを蔑ろにするなんて、私は1番許せません。だって、それをされた方も、そしてした方もきっと、悲しくなってしまうから。人の可能性を潰すということは、自分の可能性も潰すということです。そんな悲しいこと、本来してはいけないのです」


 そう言うと店主は裏へ行ってしまった。残された客は店主の話を頭の中で何度も繰り返す。みーが客に気づかれないように尻尾を大きく振った。

 店の地下にはしっかりと温度と湿度が管理された特別室がある。棚にずらりと並べられているのは小さな瓶で、その中に詰まった豆は店主が心を込めて焙煎した豆たちだ。

 今回の客にはたくさんの言葉や視線が注がれてきたのだろう。それならばと、店主は慎重に、けれど確信を持って豆を選ぶ。

 選んだ豆を客の待つカウンターに持っていき、客の目の前で優しく粉にしていく。ガリガリと音を立てて粉になると、ふわりと香りが広がっていく。店主の好きな瞬間のひとつだ。

 挽き終わったら、ドリッパーとカップを使ってゆっくりとコーヒーを作っていく。淹れたてのコーヒーの香りが店いっぱいに広がって、それに気づいた客は目を閉じて深呼吸をする。

 この豆たちが、今度はどんな『癒やし』を客に提供するのかと思うと、自然と店主の手つきも丁寧になる。


「いつも飲んでるのと違う匂い」

「淹れたてのコーヒーですから、香りの立ちも良いのです。それにここの豆は少々特別ですから」

「特別?」

「ここでしか飲めない、という意味でございます」


 店主は少しわざとらしく人差し指を口に当てて、内緒というポーズを取る。それを見た客は初めてクスッと笑った。


「ここにこんなお洒落な喫茶店があるなんて知りませんでした。マスターもかっこいいし」

「有難うございます。見ての通り小さなお店ですから、なかなか皆さんの目には留まらないようで」

「席もひとつだけですもんね。でも気づいたらお店のドアを開けてて・・・・・・開けてから、子供はダメって言われたらどうしようって」

「そんなこと、お気になさらなくて大丈夫ですよ。ここはコーヒーを飲みたい人のためのお店ですから。子供も大人も関係ありません。ましてや見た目など、気にする必要もありません」

「・・・・・・そっか。気にする必要無いのか」

「はい」


 店主はコーヒーができる前にもう一度裏に行き、冷蔵庫からプリンを出して戻ってきた。しっかり冷えたガラスの器の中のプリンに、客の目の前で特製のカラメルソースをかけていく。瓶で保存しているカラメルソースは少しだけ苦めに作ってあるから、甘くて固めのプリンには相性抜群。この店の隠れた看板メニューだ。もちろん店主の自信作。

 コーヒー用のミルクと角砂糖を少し多めに付けて、プリンと一緒に客の前へ。


「デザートセットの、『笑顔の記憶』になります」

「笑顔の記憶?」

「このコーヒー豆の名前です。あ、プリンは私特製です。サービスですから遠慮無くどうぞ」

「でも・・・・・・」

「このコーヒーと相性がいいのです。是非お召し上がりください」

「有難う、ございます・・・・・・」


 客はゆっくりとコーヒーを口へ。そして目を丸くしてカップから口を離す。


「す、酸っぱい!」

「はい。こちらのコーヒーは酸味が強いコーヒーなので、さっぱりとお召し上がれます」

「こんな酸っぱいコーヒーなんてあるんだ・・・・・・」

「コーヒーにも色々な味がありますから。人の心のように」

「え?」

「次は砂糖を入れてみてください」

「・・・・・・結構多いですね」

「入れてみたらわかります」


 店主はウィンクをして促した。少々キザっぽかったかもしれない。しかし客はあまり気にしていないようで、それよりも目の前のコーヒーに夢中になっている。

 客は店主に促されるまま、不安げに砂糖をゆっくり入れて、混ぜ溶かしていく。全て溶けきったら店主の顔をチラと見てからまたゆっくりと一口飲んだ。また目をまん丸にする。この客はとても表情豊かだ。


「すごい! さっきまでの酸っぱさが嘘みたいに甘くて、それにさっぱりしてる・・・・・・」

「お砂糖はただ甘くするために入れるのではないのですよ」

「へぇ・・・・・・そうなんだ」


 客はとても気に入ったようで、一口、また一口と続けて飲む。


「コーヒーが半分くらいになったら、今度はこちらのミルクを入れてみてください。きっと最高のカフェオレになっていますよ」


 客はもう何も疑わずに残っていたコーヒーにミルクを入れてひと混ぜし、ゴクッと音が聞こえてきそうなくらいの勢いでカップを口につけて傾けた。そして伏し目になってゆっくりとカップを置く。


「おいしい・・・・・・」

「お口に合いましたでしょうか」

「はい・・・・・・すごく」

「お客様の特別な一杯をお楽しみください」


 顔を伏せたままの客は瞬きの間に姿を消した。何事も無かったかのようにカップの中のカフェオレは静かだ。


「どんなお顔で戻られるか、楽しみですね。みーさん」


 みーは大きなあくびをしてそれに返事をした。








 気がつくと客は学校に居た。いつもの教室、いつものクラスメート。いつもの先生。


「須崎ー! 学級委員やってくれないか?」

「え?」

「須崎さんならしっかりしてるし適任だよねー」

「誰もやってくれる奴居ないんだよ。な?」

「須崎ってなんかリーダーって感じするもんな」

「お前あぁいうのタイプなの?」

「違ぇよ。あぁいう真面目ちゃんって感じのはタイプじゃねえ」

「須崎さん、勉強もできるしお姉さんって感じするよね」

「確かに、先生もいつも頼ってるもんね」


 好き勝手に飛び交っている言葉を聞きながら、須崎は「学級委員なんてガラじゃない」とうんざりしていた。これがいつものことという諦めをため息に混ぜて力無く、「わかりました。いいですよ」と返事をした。


「助かる! 須崎がやってくれると先生も安心だよ」


 さぁっと景色が変わる。今度はチェーン店の喫茶店の中だった。以前たまたま寄ってみる気になってふらっと入った話題の店。手には大きめのカップを持っていた。


「あれ、須崎じゃん?」


 声を掛けてきたのは同じクラスの男子だった。須崎を『真面目ちゃん』と言った男子。横には言われなくても男子の彼女だとわかる女子が居る。カバンには大きなリボンのストラップ。学校帰りなのにバッチリ決まった化粧顔。髪の毛も茶色い。


「え、須崎も学校帰りに買い食いとかすんの? 意外」

「誰この女」

「同じクラスの須崎だよ。ほら、あの真面目ちゃん」

「あー! 真面目以外取り柄の無い人ね! じゃあ浮気もないね」

「ないない! 俺がこういうのタイプじゃないって知ってんじゃん」

「ちょっとそれどういう意味?」


 人の前で、ズケズケと言いたい放題言って、イチャイチャする『不真面目』な奴ら。こういうのと一緒になるくらいなら、『真面目ちゃん』でいい。そう思いながら須崎は持っていた持ち帰り用のカップを強く握っていた。

 男子が須崎の持っていたカップに気づいて大声で笑った。


「ぶっ! 須崎、お前そんな甘いもん飲むの? あっはははははは! うわー! イメージ壊れるー! それこの店の中でもめっちゃ甘いやつじゃん!」

「そんな女の子らしいの飲むんだー!」


 彼女も一緒になって笑っている。


「須崎はさぁ、『私、ブラック以外飲まないの』とかって言ってそうなのになー!」

「なにそれ全然似てないんだけどウケるー!」


 ゲラゲラと笑う2人。遠巻きに見てるだけの人たち。見向きもしない店員。カップを握る手にさらに力が入る。


『コーヒーは美味しくホッとした気持ちで飲むものです。飲みたいものを我慢するなんて、ましてや人のことを笑うなど許せません』


 須崎の耳に誰かの声が優しく響いた。その声はどんどん大きくなって、2人の下品な笑い声も、周りの喧噪も消えていく。気づけば握る手の力を抜いていた。


「私はこれが飲みたいから買ったのだけど、悪い?」


 笑顔でそう言い返していた。2人の顔が固まった。


「私が何を好きで、何を飲むかは私が決める。それに、私は『真面目ちゃん』じゃない。学校の帰りに本当はゲーセン行ったりカラオケに行ったりしたい。でも親が厳しいからできないだけ」


 言い終わると須崎はわざと2人の間を通ってその場を離れた。呆気に取られた2人の視線が須崎の揺れるポニーテールを見つめる。ふと何かを思いついたのか、急に立ち止まった須崎が意地悪な笑顔と共に振り向いた。


「そうそう。彼女さん、その男気をつけた方がいいよ。クラスでいつも貴女の悪口言ってるし、別の高校の女子口説いてるから」


 言い終わると同時にきびすを返して走り出した。後ろから彼女の金切り声が聞こえる。

 言った。言ってやった。私を決めつけてた奴らに言ってやった。私だって。私だって! 須崎は眩しく光る方へとがむしゃらに走った。








 店主が使ったコーヒーフィルターとドリッパーを片付けていると、客である須崎が静かに戻ってきた。随分とさっぱりとした顔をしている。


「コーヒーはお気に召しましたか?」

「あれ!?」


 須崎は驚いたように店の中を見回して固まってしまった。いつものように、コーヒーカップは空になっている。


「カフェオレ、いかがでしたか?」


 須崎は自分の手の中にある空になったカップを見つめて、とびっきりの笑顔になった。


「とっても美味しかったです! 甘さとさっぱりさって共存できるんですね!」

「コーヒー豆によって味は全然違います。とびっきり甘くなる豆もあれば、砂糖と喧嘩してしまう豆もあります。その時の気分に合う物を選んでいいのですよ」

「その時の気分に合う物・・・・・・」

「そうです。お客様はきっとたくさんの人からの『イメージ』に晒されて、ご自分の気持ちが小さくなってしまったのでしょう。差し出がましいようですが、お客様が何を好きで何をしたいかなんて他人には決められないことですし、関係の無いことでございます。ですから、『イメージ』に囚われずにしたいことをしていいのですよ」


 須崎は真剣に店主の話を聞いていた。そして少し考えるように俯いてから、店主の目を真っ直ぐに見る。


「甘い物、たくさん食べたい!」

「では手始めに、こちらのプリンをどうぞ」


 店主はコーヒーと一緒に出したプリンを手のひらで指し示す。須崎は意を決したようにスプーンを取ると、カラメルソースのたっぷりかかった真ん中をすくって口に入れた。途端に顔の緊張がほどけて目が細くなる。


「うーん! これなら何個も食べられちゃう!」

「お気に召していただけてなによりです」


 須崎はあっという間にプリンを平らげ、可愛らしい笑顔で店を出て行った。きっともう、『イメージ』に囚われることはなくなるだろう。


「今日のお客はなかなか可愛かったわね」


 今日の客が帰った後、カウンターに座った人間の姿のみーが楽しそうに扉を見つめる。


「とても表情豊かなお客様でしたね」

「勝手な『イメージ』は、いつの時代になっても人の心を蝕むのね」

「みーさんにもそのような経験が?」

「ん。昔ね」


 みーはそう言ってまた寂しそうな目をする。店主はなんと声を掛けたらいいのかわからず、プリンの容器を片付ける振りをして彼女から目を逸らす。

 店主がプリンの容器を洗い始めると、須崎のコーヒーカップの底に残ったカフェオレから小さな芽が出て、真っ直ぐと立派なコーヒーの苗木が生まれた。


「ふふ。あの子らしい木ね。探してる豆じゃないのは残念だけど」

「そうですね。きっと力強い味のコーヒーになるでしょう」

「この木の名前は?」

「んー・・・・・・、『星光り』なんていかがでしょう?」

「星光り?」

「はい。星の光はとても弱く、街明かりが強いほどに消えてしまいます。ですが無くなりはしません。どんなに強い光に消されても、星自身は光をこちらに届けています。真っ直ぐに」

「なるほどね。貴方にしてはいいんじゃない?」


 こうして新しい木の名前が決まった。

 看板を店の中に仕舞い、苗木が生まれたカップを優しく裏へ運んだら、今日はこれにて閉店。


「次はどんなお客様に特別な一杯を振る舞えるのか、今から楽しみです」

次話 『第4話 初めての客』

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