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第2話 心満の種

この作品は、映像化を想像しながら書きました。

読んだ時にお好きな俳優さんや声優さんを当てて、読書をお楽しみください。

よろしければ、誰をイメージしながら読んだのかコメント欄に書いてくださると、きっと楽しいコメント欄になると思います。

 ピカピカに磨かれたカップたち、汚れひとつ無い小さなカウンター。光をきらきらと取り込む窓。決して広くはないけれど、店主にとっては大切な、小さな店。

 この店には猫が居る。正確には彼女は魔女だから猫ではないのだが、普段は猫の姿でくつろいでいる。それがここ最近ひどく苛立っているようで、落ち着かないというように店の中を歩き回ったり、尻尾を激しく揺らしながら窓の外を見張ったり、いつもの場所で少し毛を逆立てるようにして店を見下ろしたり。

 そうかと思うと、人の姿に戻ってカウンターの席に座り、貧乏揺すりを始める。


「みーさん、そんなにイライラしてどうしたんですか」

「どうせまたあの子が来るんでしょ」

「あー、みゆさんですね。そうですねぇ、ここのところ毎日いらしてますから、今日も来るかもしれません」

「なんで毎日来るかわかってるの? コーヒーだって飲まないし」

「さぁ。何か事情があるのかもしれません。無理に飲ませるのも違いますし・・・・・・」

「んー! この鈍感!」


 そう吐き捨てるとみーはサッと猫の姿に戻ってまた自分の場所に戻ってしまった。と同時に、店の扉が元気よく音を立てて開く。


「マスター! 遊びに来たよー!」

「みゆさん、いらっしゃいませ。今日も素敵なお召し物ですね」

「そんなこと言ってー。ちっともあたしとデートしてくれないじゃん!」

「ですから、もっと相応しい人がみゆさんには居ますからと申し上げております」

「どこにー!? 居ないじゃん! マスターしかここには居ません」

「そのうち出会いますよ」


 みゆは5日ほど前に店にやって来た大学生で、初めて来たときには今にも倒れそうというくらい顔色も悪くフラフラとした足取りだった。そんな状態の人間にコーヒーは強すぎるし、何より心配に思った店主がメニューには無いホットミルクと試作中だったキャラメルチーズケーキを出したのが事の始まり。

 ホットミルクは人肌程度の温度で砂糖を多めに。キャラメルチーズケーキは、チーズケーキにレモンを少し多めに使うことで、キャラメルソースの甘さと相まってくどくなくさっぱりと食べられる。店主の自信作だ。

 みゆは驚いた顔をしたが、ホットミルクを一口飲むと一気にどちらも平らげてしまった。よっぽどお腹が空いていたらしい。

 それ以来、みゆは店に来ては店主をデートに誘うようになったのだが、店主が取り合わないとわかるとすぐに帰ってしまう。そして次の日には前日より少し豪華な、いや、女性らしさを強調した洋服を着てまた店に来る。そんな毎日だったのだ。

 だから今日もまたこれで帰るのだろうと店主は思った。しかしそうはいかなかった。「今日はうんと言ってくれるまで帰らない。何か注文するから」と言ってみゆはカウンター席にどかりと腰を下ろしたのだ。店主は驚いたが、客であるならすることはひとつ。いつものようにOPENの看板をひっくり返し、みゆにメニュー表を渡した。


「あたし、この前のケーキが食べたい!」

「申し訳ありません。あれは試作だったのでもう無いんです」

「えー。じゃあホットミルクは?」

「あれも普段はお出ししていません」

「じゃああたしのためだけに作ってくれたんだ。マスターってば優しい」


 上の方からみーの鋭い視線を感じて店主は背筋が冷たくなる気持ちだった。どうやらみゆが来るとみーはイライラとするようだ。

 魔女として、何かみゆに感じるところがあるのだろうか。そういえば、みーもみゆも『み』から始まる名前だが、関係あるのだろうか。店主はそんなことをのんきに考えていた。


「マスターって彼女居るの?」

「・・・・・・みゆさんこそ、恋人はいらっしゃらないのですか?」

「うー。一応? いる?」

「でしたら、他の人とデートをするのは社会通念上よろしくないかと」

「いいのいいの。あいつ、あたしのこと1番に大事にしてくれないし、マスターみたいに優しくないの。あたし病みすぎて死ぬかと思った」

「確かに最初にお見えになった時は、顔色がとても悪かったですね」

「やっぱりー? マスターが超優しくて感動しちゃって。あたしのこと1番にわかってくれるのはマスターしかいないって思ったの! ね? だからあたしと付き合って? そしたら別れる」


 その瞬間みゆの前にみーが飛び出して、毛を逆立てて威嚇を始めた。みゆは驚いて椅子から降りて後ずさる。しかしすぐにみーに詰め寄っていった。


「ちょっとなにこの猫! あんたまさかマスターを独り占めしようっていうの!?」

「シャー!!」

「うっさいわね! 大体あたし猫なんて嫌いなの! 臭いし毛まみれになるしすぐ引っ掻くし! どうせあんたメスでしょ? 猫のくせに人間に惚れたわけ? キモすぎ。マスターはあたしのだし! ていうかあたしを蔑ろにするやつはみんな死ねば」

「やめろ! それ以上言うなら出て行ってもらう!」


 みゆの言葉を遮ったのは店主だった。驚くほどの大きな声と強い口調で、みーもみゆもキョトンと店主を見ている。しかしみゆはみるみる顔を赤くして、泣き出してしまった。


「なによ! なによなによ! みんなしてあたしに冷たくして! やっぱりあたしは誰からも愛されないんだ! あたしなんていない方がいいんだ! だったらここで死んでやる!」


 みゆは肩に提げていたカバンに手を突っ込むと、カッターを勢いよく取り出して刃を長く出し、そのまま首に刺そうとした。店主はそれを見ながらひらりとカウンターを乗り越え、みゆの首を狙う刃を強く握る。カウンターから蹴り落とされたカップの割れる音が店に響き、激しい痛みが店主の右手を襲った。

 一瞬怯んだみゆの肩にみーがひらりと乗り、耳元で何かを囁いた。するとみゆの手の力が抜け、店主はカッターを取り上げることができた。みゆはその場にへたりこんだ。

 みゆはブツブツと何かを言っているが、みーがそばに居るのでたぶん大丈夫だろうと店主はカッターを持って裏に行き、右手の応急処置をする。

 傷の深さを確認すると見た目の出血量ほど深くは切れていなかったようだ。まずは濡らしたタオルで血を拭き取り、とても滲みる消毒液をしっかり塗る。少し大きめに切ったガーゼを傷口に当ててテープで固定し、止血できるまで包帯できつめに巻いておく。

 それから袖口に血が付いてしまったシャツを脱いで冷たい水に浸す。新しいシャツに着替えて2人の前に戻ったときには、みゆもだいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。店主の手を見て、顔を真っ青にして泣き出した。


「ごめんなさい。あたし、あたしどうかしてて・・・・・・」

「大丈夫です。私も怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですけど、コーヒーを飲んでいかれませんか? もちろん、お代は頂きません」

「で、でも、あたしがそもそも悪いのに」

「お客様を怒鳴るなんて私の美学に反します。私がそうさせてほしいのです。今のみゆさんにピッタリのコーヒーをお出ししますよ」

「・・・・・・わかった」


 みゆは別人のように静かに椅子に座り直し、俯いたまま唇を噛んでいる。みーも納得したように一度頷くと、また『お気に入りの場所』に戻っていった。

 店主は右手が痛むのをみゆに気取られないようにゆっくりと豆を挽いていく。ガリガリと伝わる振動を手と耳で感じながら心を落ち着かせ、ほろ苦く広がる微かな香りを静かに吸い込むと、みゆもつられて深呼吸をした。


「いい匂い・・・・・・」


 ここは客にコーヒーの香りも楽しんでほしくて、客の目の前で豆を挽き、淹れることができるように作った特別な店。豆を挽く香りをこんな風に楽しんでもらえるのが、店主にとって何よりも嬉しいことだった。

 いつもの半分の量のお湯を注ぎ、淹れ終わるのを待つ間に牛乳を温める。牛乳がちょうどよく温まったら、ドリッパーをカップから外し、そっと牛乳を注いでいく。

 ふわりとコーヒーと牛乳が混じり合い、優しい色に変わったらできあがりだ。


「お待たせいたしました。『深海の真実』という豆から作った、ノンスイートカフェオレでございます」

「え・・・・・・でもあたし、苦いの苦手で」

「今のみゆさんには、この優しいほろ苦さがピッタリだと思いまして。普通のブラックよりも薄く、苦みはまろやかになっていますし、牛乳も温めましたので独特の生臭さも軽減しているはずです。それに豆自体も・・・・・・他の豆よりも味が柔らかいので」


 店主が一瞬言い淀んだのをみゆは怪訝そうに見ていたが、それでも香りにつられてコーヒーをゆっくりと口に入れていく。


「あれ、おいしい」

「お口に合いましたでしょうか」

「お砂糖入ってないのに、おいしいって感じるなんて」

「お客様の特別な一杯をお楽しみください」

「え?」


 顔を上げたみゆは瞬きの間に姿を消した。何事も無かったかのようにカップの中のカフェオレは静かだ。


「さて。どんなお顔で戻られるか、楽しみですね。みーさん」


 みーは尻尾を不満げに揺らして返事をした。






 どこを見ても灰色の世界。白でも黒でもない、はっきりしない場所。周りに何も無い場所。さっきまでマスターの店に居たのに、ここはどこなのか。みゆは突然目の前に広がった景色に戸惑いを隠せないでいた。居心地の悪さと相まって吐き気もする。

 突然みゆの目の前に煙のような(もや)が上がって、何かの映像が流れ始めた。靄の中に見えたのはみゆと、みゆの今の彼氏。

 彼氏とは1週間前に喧嘩をしてから、連絡がつかない状態だった。この世の終わりだとみゆは思った。


『ねぇ! なんで最近会ってくれないの? あたしのこと1番大事じゃなかったの?』

『何度も言ってるじゃん。卒論の研究が忙しくてやばいんだって』

『嘘。どうせ浮気してるんでしょ!』

『してないよ。なんでそうなるの?』

『だってひろ君の研究室には女も居るじゃん! 信じられないよ!』

『だからただの同期だって。この忙しい時に信じてもらえないのも結構メンタル来るんだけど』

『なにそれ! やっぱりあたしよりその同期女との研究の方が大事なんじゃん! あたしが邪魔なんだ! もう嫌だ。死にたい』

『はぁ。もうこの際言うけどさ、すぐ死にたいって言うけど、俺にどうしてほしいわけ? 俺専門家じゃないしどうしようもないよ』

『ひどい! 彼氏なんだからちゃんとあたしを愛してよ! あたしはひろ君のために可愛い服着たりご飯作ってあげたりしてるのに!』

『だから! 誰もそんなの頼んでないだろ! 好きなようにしたらいいじゃん! もうこれ以上は付き合ってられない!』

『ちょっと、それどういう意味?』

『はぁ・・・・・・そんなに死にたいって思うなら病院行った方がいいよ。普通じゃないから』


 やめて、こんなの見せないで。

 みゆはしゃがみこみ、耳を塞いだ。いつもこうだ。いつも恋人にこうして捨てられてしまう。

 あたしは愛してもらいたいだけなのに。1番大事だって言ってもらいたいだけなのに。いいお嫁さんになるねって言ってもらいたいだけなのに。そのために可愛くなる努力もした。料理も覚えた。子供だって好き。それなのに、誰もあたしのことをわかってくれない。あたしはいつもひとりぼっち・・・・・・。みゆは硬く目を閉じた。

 靄に映し出される映像が過去の恋人たちや友だち、周りの人の言葉を垂れ流していく。


『お前重いんだよ』

『なんかさぁ、必死すぎてきついんだよね』

『男とっかえひっかえしてるとかヤバ』

『彼氏途切れたこと無いってほんと?』

『え、もう彼氏作ったの? さすがに早すぎない?』

『うちらよりも彼氏ですか』

『あいつ男にモテるために必死すぎてキモいんだけど』

『友達も大事にしないと』

『僕はみゆちゃんのこと大事にしてるつもりだったんだけど、みゆちゃんには僕じゃ物足りないってことだよね』

『ちょっと・・・・・・俺には荷が重すぎる』


「やめて・・・・・・やめて!」


 みゆは叫んでいた。グルグルとたくさんの人が言葉を無責任に投げていく。


「あたしのこと何も知らないくせに。知ろうともしないくせに。あたしだって、なんで自分がこうなったのかわからないのに・・・・・・!」


 気づくと辺りはシーンとして、誰かがすすり泣く声だけが響いていた。その声はとても小さく、まだ幼い女の子の声に聞こえる。顔をゆっくり上げてみると、靄の中で小さな女の子が膝を抱えて泣いていた。女の子は不自然なウィッグを雑に被り、その前にはズタズタに引き裂かれた男の子の服が散らばっている。

 その映像に見入っていると、誰かが叫ぶ声がだんだんと大きくなっていく。映像もそれに合わせて引いていき、映ったのは若い姿のみゆの母親だった。誰かに電話で怒っている。


『おかあさん! いい加減にしてください! みゆに男の子の服を与えるなんて! 髪の毛までこんなに短く! どうしてくれるんですか!? みゆは泣いてますよ!』


『みゆが欲しがるわけありません! みゆは女の子なんですよ!? 男みたいな格好をしたがるわけないじゃないですか! もっと女の子らしい格好をしたいに決まっています!』


『みゆはうちのお姫様なんです! 女の子らしい格好をして、料理や家事が完璧にできて、将来旦那さんのサポートをする。それが女の子の幸せなんです!』


『話になりませんね。たかしさんにもこのことは話して、二度とおかあさんにみゆは会わせません。連絡もしてこないでください!』


 そして母親は電話を切ると、女の子のところにドタドタとやって来て、思い切りぶった。乗っかっていただけのウィッグが飛んで行く。


『こんな男みたいな格好、恥ずかしいと思わないの!? いい? 今度またママに恥をかかせたらただじゃおかないから! わかったらママの言うことを聞きなさい!』


 あまりの金切り声にみゆは思わず耳を塞ぐ。

 短い髪、カッコイイズボン。今の自分とはかけ離れた女の子の姿。ずっと忘れていた、ずっと見ないようにしてきた、自分の気持ち。みゆの中で何かが弾けた。


「あたし・・・・・・ほんとは・・・・・・」






 使った小型鍋を店主が洗っていると、みゆが静かに戻ってきた。放心状態になっているらしい。


「カフェオレはお気に召しましたか?」

「え・・・・・・あれ? ここは」

「私のお店ですよ」


 みゆのカップも、綺麗に空になっている。


「みゆさんにピッタリの1杯だったでしょう?」


 私がそう話し掛けると、みゆの目は生気を取り戻し、顔に血が戻ったように明るくなった。


「ほんとに、ほんとにおいしかった、です。なんか、不思議な夢を見て・・・・・・本当の自分を思い出した、みたいな」


 心なしか、みゆの声が少し凜々しくなった。さっきまでの女性らしい顔つきも薄まり、今は少年のようなあどけなさすら見えてくる。


「成長するに従って好みというのは変わるものですから、気になることややってみたいことには挑戦してみると面白いと思いますよ」

「・・・・・・はい。実は、昔のことを思い出して」

「昔のこと?」

「子供の頃、あたしは本当は男の子みたいな格好に憧れてたんです。でも母はそれを許してくれなくて。あたしはいつもドレスみたいな服と綺麗にセットされた長い髪で。好きに走り回ることもできなくて。あんまりにも嫌で、こっそりおばあちゃんに頼んで美容院と洋服屋さんに連れてってもらったんです。全部やっちゃった後なら母も許してくれるだろうって。安易ですよね」

「それだけ、幼いみゆさんはそうしたかったんでしょうね。勇気があります」


 みゆは口をぐっと閉じて、目だけで小さく微笑んだ。


「結局母の逆鱗に触れて。おばあちゃんに買ってもらった服はズタズタにされて、髪の毛も母のウィッグを被せられて。言うこと聞けって叩かれて」

「それは・・・・・・壮絶ですね」

「なんでも母は、ストレスのせいで髪の毛が抜け落ちて生えなくなってしまったらしくて。自分は毎日ウィッグを被って、あたしの髪を整える時には、『みゆの髪は綺麗ね。私のお姫様よ。女の子らしく育ってね』って。今思うとちょっと異常かも」

「それだけお母様も追い詰められていたのでしょうね」

「そう、かもですね。おばあちゃんにはそれ以来会えなくなって、あたしも母を怒らせたくなくて全部忘れようとして・・・・・・ほんとに忘れちゃってたみたいです。父はそんなあたしたちに無関心だったし」

「自分の心とチグハグなことをしていると、やはりどこかで綻んで、穴は大きくなっていきます。差し出がましいようですが、今までみゆさんはお母様のために努力して今のみゆさんになりました。今度はみゆさんご自身のために努力をされてみてはいかがでしょうか」

「あたしの、ために・・・・・・?」

「はい。ご自身がやりたいことを探すんです。着たい物を着て、食べたい物を食べて、行きたいところに行く。それは当然の権利だと私は思います」


 「そっか・・・・・・あたしの権利か・・・・・・」とみゆは小さく呟くと、大きく頷いてから高らかに宣言した。


「あたし、これからメンズの服屋に行って片っ端から買ってみる! あとおばあちゃんに連絡する! 髪の毛も短くするし、1人ラーメンにも行ってみたい!! お母さんの願望なんて、もう気にしない!」


 店主は拍手したい気持ちをぐっと堪えて、「とても楽しそうですね」と言うだけに留めた。人間の世界には様々な考え方があると知っているからだ。

 大きく息を吐ききってから、みゆは真剣な顔をして店主を見つめると深々とお辞儀をした。震える声が聞こえてくる。


「ここしばらく、ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。あと、手の怪我も。全部落ち着いたらまた改めてお礼と謝罪に来ます。あと、猫ちゃんのことも悪く言ってごめんなさい。まだ自分が男になりたいのか、男の格好に憧れてるだけなのかわからないけど、幼い自分がしたかったことを叶えてみます。すごくスッキリしました」

「いいんですよ。私はみゆさんにピッタリなコーヒーをお出ししただけですから。またご縁があれば、お待ちしております」

「はい! ごちそうさまでした!」


 みゆが店を出て行ってから、みーはゆっくりとカウンターにやって来た。少々拗ねているようだ。


「あの、先ほどは有難うございました」

「なにが?」

「みゆさんを落ち着かせてくださって」

「別に。あれ以上暴れて貴方に何かあったら、私の注文を叶えてもらえなくなっちゃうもの。でも・・・・・・」

「でも?」

「貴方があんな風に怒鳴るなんて、初めて聞いた」

「私も自分にびっくりしています。でも、みーさんを悪く言われるのがとても、その・・・・・・自分でもなんでかわからないのですが、無性に腹立たしくて」

「ふーん。そっか」


 みーは急に機嫌を直して店主の右手を掴むと、血の滲んだ包帯とガーゼをあっという間に外し、自分の右手を重ねた。そして黄緑色の光が店主とみーの右手を包んでいく。

 光がゆっくりと小さくなり完全に消えると、みーは静かに手を離した。店主の右手にさっきまであったカッターの傷は跡形もなく消えている。痛みも無くなり、普通に動かせるようになっていた。


「お礼」


 みーは自慢げに豊かな巻き毛を掻き上げる。それと同時に、みゆのコーヒーカップが光り出し、中から白く光る苗木が生まれた。思わず2人で覗き込む。


「やった! やっと見つけた!」

「これがみーさんの探している、特別な豆ですか?」

「そうよ。正確にはこの木から採れるコーヒー豆が必要なの。やっと1つ目ね」

「よかった。この木、もとい豆には名前はあるのですか?」

「・・・・・・心満(しんまん)の種。人の『喜怒哀楽怨』の『楽』を意味する名前よ」


 そう言うと、みーは猫の姿になって窓辺に行ってしまった。その背中はどこか寂しそうにも見える。店主はそれ以上の質問をやめて、看板を店の中にしまい、苗木が生まれたカップを優しく裏へ運ぶ。


「次はどんなお客様に特別な一杯を振る舞えるのか、今から楽しみです」

次話 『第3話 星光り』

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