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第1話 涙のほとり

この作品は、映像化を想像しながら書きました。

読んだ時にお好きな俳優さんや声優さんを当てて、読書をお楽しみください。

よろしければ、誰をイメージしながら読んだのかコメント欄に書いてくださると、きっと楽しいコメント欄になると思います。

 すらっと背の高い男が白いYシャツと黒いエプロンを身に着けている。その着こなしが男の線の細さを際立たせていた。

 男は鼻歌を歌いながら掃除を始め、ピカピカに磨かれたカップたちや汚れひとつ無い小さなカウンター、光をきらきらと取り込む窓を見ては満足そうに息を吐く。

 ここは、広くはないが洗練された小さな店だ。随所に店主の趣味が詰まっている。


「みゃーあ?」


 窓際で日向を堪能していた猫が男の方を向いて首をかしげる。


「いえ、特段いいことがあったというわけでは」

「みゃみゃ」

「そうですね。今日辺りお客様がいらっしゃるかもしれません。そのためにも、念入りに」


 当たり前のように会話をする1人と1匹。男は念入りにカップを磨きだした。すでに磨く必要も無いほどに光を反射している白いカップのふちには赤い文様が描かれている。

 陽光の空に赤が混じり始めた頃、男は店中を磨き終わって、手製のOPENの看板を表に出して一息ついていた。この店は夕方からの営業なのだ。

 猫は店がよく見渡せる自分の場所で丸くなって寝たふりを始めた。ぱっと見はどこに居るのかわからない。男はいつ客が来てもいいようにこだわりの道具たちのメンテナンスをしてその時を待つ。そして男が思った通り、キィと小さく扉を開けて1人の客が入ってきた。


「あの・・・・・・」

「いらっしゃいませ」

「ここって・・・・・・」

「喫茶店です。どうぞこちらへ。本日はお客様の貸し切りでございます」

「え、でもそんな。それに早く帰らないと・・・・・・」

「見たところとてもお疲れのようですし、一杯くらいゆっくりしてもバチは当たりません。すぐにご用意致しますよ」

「・・・・・・そう、ですか。そうですね。それじゃあ一杯だけ」

「有難うございます」


 カウンター席が1つしかない小さな店。客が来れば、必然的にその客の貸し切りとなる。貸し切りでないといけないのだ。それがこの店の売り。男は店の看板をCLOSEの向きにして、客にメニュー表を渡す。


「さて、こちらがメニューです」

「えっと・・・・・・。あの、聞いたことのない名前が並んでるんですけど、これは・・・・・・?」

「はい。当店オリジナルのコーヒーでして、全てここでしか飲めない一杯となります」

「へぇ・・・・・・こだわりってやつですか。でも、すみません。こういうのに疎くて・・・・・・お勧めってどれですか?」

「それでしたら、『再会の道しるべ』なんていかがでしょうか? 今のお客様にピッタリかと」

「そう、ですか? じゃあそれをお願いします」

「かしこまりました」


 ツヤツヤと光る豆たちを男は優しく粉にしていく。ガリガリと音を立てて粉になると、ふわりと香りが立ち上る。

 豆を挽き終わると、まずはただのお湯をカップに注いでいく。カップがお湯で温まったら中身を捨て、コーヒーフィルターをドリッパーにセットしたら、カップに直接乗せて挽きたての豆をふぁさりと入れる。そしてゆっくりと、ゆっくりとその上からお湯を注ぐ。そうすると淹れたてのコーヒーの香りが店いっぱいに広がって、それに気づいた客は目を閉じて深呼吸をする。これがこの男のやり方だ。

 男はこの瞬間とこの時の感触がたまらなく好きなのだ。この豆たちが、今度はどんな『癒やし』を客に提供するのかと思うと、自然と手つきが丁寧になる。


「んー、いい匂い。コーヒーをこんな風に飲むのはいつぶりだろう」

「お忙しいのですね」

「そうですね・・・・・・自分のための時間なんてもう何年も取ってないかも」

「それはそれは。さぞお疲れでしょう」

「いえ・・・・・・。いや、そうかも。本当は1秒でも早く帰って、子供たちのために色々しなきゃいけないんですけど・・・・・・」

「お子さんがいらっしゃるんですね。子育て、お疲れ様です」


 男はコーヒーを作る手を少し止めて、客にお辞儀する。嫌味にならないように、丁寧に。細心の注意を払って。


「あ、有難うございます・・・・・・。あの、えっと、すみません急に」


 客は慌ててハンカチを取り出して、溢れそうな涙を拭いた。猫が棚の上で大きく尻尾を振ったが、男は見なかったことにするらしい。


「すみませんほんとに。ここ、さっき初めて気づいて。いつも通ってる道なのに・・・・・・。帰ろうと早歩きしてたのに、見つけたらなぜかふらっと入っちゃったし」

「皆様そう言ってくださいます。きっと周りも見えなくなるほどに、お客様は頑張っていらっしゃるのでしょう。この一杯を飲む時間は、どうぞごゆるりとお過ごしください。・・・・・・さぁ、できました。『再会の道しるべ』でございます」


 香りの良い湯気が立ち上るカップが客の前にそっと出されると、客はほんの数秒動きを止めて揺れるコーヒーを一心に眺める。いつものことだ。

 そうしてハッとしたようにカップを持ち、ゆっくりとコーヒーを口に入れていく。


「お、おいしい・・・・・・」

「お口に合いましたでしょうか」

「はい! すごくおいしいです! いつもはブラックだと飲めないのに、いい香りに誘われてつい。でもスッキリとしてて、苦すぎなくて、どこか懐かしいような・・・・・・」

「お客様の特別な一杯をお楽しみください」

「え?」


 顔を上げた客は瞬きの間に男の前から姿を消した。何事も無かったかのようにカップの中のコーヒーは静かに揺れている。


「どんなお顔で戻られるか、楽しみですね。みーさん」


 男にみーさんと呼ばれた猫は大きなあくびをして返事をした。






 客が目を開けると、どうやらそこは客が幼い頃に住んでいた場所の近所のようだった。喫茶店に居たはずなのに、ここは外で、暗くて、そして何もかもが大きい。正確に言えば、客自身の目線が低くなっていた。身体が子供に戻っていたのだ。

 後ろから誰かにぶつかられて、子どもの姿になった客はよろめいた。そして同時に周りにたくさんの人が歩いていることにも気がついた。みんな、浴衣や甚平を着て同じ方向に歩いて行く。


「そうだ、今日はお祭りだ・・・・・・」


 地元の神社でやっている夏のお祭り。仕事で忙しい母に無理を言って、今日は一緒に行く約束をしていた。・・・・・・いや、おかしい。母は10年前に病気で死んでいる。一緒に祭りに行くなんて、そんなのおかしい。

 客がひとりブツブツと独り言を言っていると、聞き覚えのある声が後ろから響いた。


「ちょっと、ずんずん1人で行ったら迷子になっちゃうよ!」


 後ろから仕事着のまま走ってきたのは、若い姿の女性だ。客の、死んだはずの母親だった。


「母さん・・・・・・ほんとに? でも母さんは・・・・・・」

「なにをぶつぶつ言ってるの? ふぅ・・・・・・。足が速くなったんだねぇ。もう追いつけなくって」

「あ・・・・・・ほんとに、母さんなの・・・・・・?」

「え!? いつもはママって呼ぶのに。学校のお友だちでも居たのかしら?」


 ふふと笑う母親は、間違いようもなく客の母親本人だった。客の目に一気に涙が込み上げてくる。込み上げてきた涙はコップから溢れた水のように目から流れ落ちていた。祭り囃子や通りがかる人たちの声がすーっと遠くへぼやけていく。


「あらあら。どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」

「違う・・・・・・違うんだ。・・・・・・ママ」

「なぁに? 大丈夫。ママに言ってごらん」


 母親に抱きついた子どもの体はひどく小さく、声はしゃがれて上手く出せないでいる。

 親になって、初めてわかった親の気持ち。親の大変さ。1人で仕事をして、子育てして、ご近所付き合いをして、それでも笑っていた母。無理が祟って体を壊していたのに、それを見せなかった母。そんな母に気づけなかった自分。

 何度も聞こうとして、怖くて聞けず喉につっかえていたことが客の頭の中を駆け巡る。


「ママ、僕を生んで後悔してない?」


 しゃがれた声で絞り出した言葉があちらこちらから反響して返ってくる。


「なぁに突然。後悔なんてするわけないでしょ? そりゃ、大変なこともたくさんあるけど、それ以上にこうして一緒に過ごす日々は特別なんだなって思うよ・・・・・・って、小学生に言ってもわかんないよね」

「・・・・・・ううん。わかる気がする。ママ、親って大変なんだね」

「まるで自分が親になったみたいに言うね・・・・・・でも、そうだね。親は子供の道しるべ。その子が歩きたい道を見つけられるように、親はたくさんの道を照らすのが仕事。そして暗い道に逸れないように、時には嫌われ役を買ってでも、子供の夢を応援する。ママは、ずっとそう思ってるよ。今でも、これからも、死んでも。だから、もう泣かないで。あなたには、帰るところがあるでしょ?」






 使ったコーヒーフィルターとドリッパーを男が片付けていると、客が静かに席に戻ってきた。目からは涙が溢れている。


「コーヒーはお気に召しましたか?」

「え!?」


 客は驚いたように店の中を見回して固まってしまう。これもいつものことだ。客のコーヒーカップは空になっている。


「さ、これで涙をお拭きください」

「え、あ、俺、泣いて・・・・・・? すみません」

「いえいえ。コーヒーはいかがでしたか?」

「えっと、すごく・・・・・・すごくおいしかったです」

「それは良かった。心を込めて豆を挽いた甲斐があります」

「それに、なんだか不思議な夢を見ていたような」

「ふふ。みなさんそう仰るんですよ」


 客は一瞬はっとした顔をしてから、優しくはにかんだ。


「実は、子育てと仕事をうまく両立できなくてしんどくて。あ、妻は他に男を作って出て行って。情けないですよね。母も早くに亡くしてしまって。子供もまだ小さいし、でも他に頼るところも無いし、子供の幸せとか、何も考えられないくらいになってて・・・・・・でもなぜか、今は凄くスッキリしています」

「差し出がましいことを言うようですが、きっとお客様はなんでも1人で抱えすぎなのだと思います。確かに世の中には酷い人も居ますが、お客様のように頑張っている方の周りには、必ず理解してくださる人が居るはずです。周りが見えなくなるほど、頑張りすぎていらしたのですね」

「・・・・・・そうかも、しれません」


 客はまた小さく嗚咽を漏らし、そして大きく息を吸いながら真っ直ぐ男を見つめた。その目にはもう、店に来た時のような迷いはなくなっていた。


「有難うございます。このお店を見つけてほんとによかった。また、来ます」

「ご縁があれば。お待ちしておりますよ」

「あ・・・・・・すみません。今更ですが、このお店はなんと言うんですか?」

「申し遅れました。喫茶ブレイクタイムと申します。私はここの店主です」

「ご店主でしたか! お若いからてっきりバイトかと。あ、お代はここに。ごちそうさまでした!」


 客は軽い足取りでさっと店を出て行った。


「随分と足の速い客だこと」


 ずっと店の一部になっていた猫のみーが、客のカップのところまでひらりと下りてきながら軽口を叩く。尻尾をゆっくりと揺らしながらカップの底をじっと見つめている。


「そう焦らなくても」

「今回はどんな芽かしら?」


 次に艶やかな声でそう言ったのは、カウンターに優雅に腰掛ける髪の長い女性だ。彼女は魔女だ。そしてれっきとした店主の客だ。


「まだ慣れませんねぇ。猫から急に人の姿にお戻りになるのは」

「そのうち慣れるわよ。あ」

「おや」


 猫が人の姿になり、魔女だと言うのにも驚きだが、カップの底に残った微々たるコーヒーから小さな芽が出始め、見る間に大きくなり、可愛い葉を携えた苗木になる頃には、そんなことはとても些末なことのように店主には思えてくるから不思議だ。


「これはこれは。とても優しい味の豆がなりそうです」

「これも違うようね」

「そうですか。なかなか見つかりませんね。それはそうと、早速名前をつけなくては・・・・・・うーん。『親心子知らず』なんてどうでしょう?」

「・・・・・・本気?」

「ダメですか?」

「もう少しセンスを磨いた方がいいわ」

「そうですか・・・・・・結構いいと思ったんですけど・・・・・・。では、『涙のほとり』なんてどうでしょう」

「・・・・・・ま、さっきよりはマシなんじゃない?」

「手厳しい」


 これまたいつものやりとりをしながら、看板を店の中に仕舞い、苗木が生まれたカップを優しく裏へ運んで、今日の営業は終了。


「次はどんなお客様に特別な一杯を振る舞えるのか、今から楽しみです」


 そう言って店主はまた鼻歌を歌いながら店の奥へと消えていった。

次話 『第2話 心満の種』

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