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やさしい嘘  作者: 仙道 神明


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9/10

Ep.9「哀しみの嘘」

会えなくても、想えばそばにいられる。

祖母と孫を結んだ“やさしい嘘”が、時間を越えて心を灯す物語。

 祖母の部屋には、古い壁掛けカレンダーがある。花柄の、日付の横に小さなスペースがあるタイプだ。


 その一つひとつのマスに、丁寧な字で書かれていた。


「陽菜ちゃん来た」

「電話くれた」

「お菓子もらった」


 どのページにも、孫の名前が並んでいる。


──けれど、陽菜が最後に祖母の家を訪れたのは、もう一年も前だった。


 大学進学を機に上京してから、陽菜は忙しかった。勉強、バイト、友達づきあい。気づけば実家にもろくに帰らないまま、季節が過ぎていた。


 母からの電話で、祖母が入院したと聞いたのは、秋の終わりだった。幸い命に別状はないと聞いて、陽菜は少し安心した。


 けれど、ふと胸に残る違和感があった。


「おばあちゃんね、カレンダーに毎日、陽菜のこと書いてるのよ」


 母の言葉が、頭の中に引っかかっていた。


──


 冬休み、ようやく病院を訪ねた。病室は日当たりのいい角部屋で、カーテン越しの光が白く差し込んでいる。


 祖母はベッドの上で、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。


「陽菜ちゃん、久しぶりねぇ」


 その声が、少しだけ弱々しかった。


 話をしているうちに、祖母が小さな手帳を取り出した。あのカレンダーと同じ内容が、びっしりと書かれていた。


「これね、毎日つけてるの」


「……これ、全部、陽菜のこと?」


「うん。陽菜ちゃんがね、来た日とか、電話くれた日とか」


 陽菜は唇を噛んだ。書かれている日付のほとんどが、嘘だった。来てもいない。電話もしていない。

 それでも、祖母は嬉しそうにページをめくっていく。


「これを見るとね、元気が出るの」


 その言葉に、陽菜は何も言えなかった。胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。


──


 面会時間の終わり。帰ろうとした陽菜の手を、祖母がそっと握った。


「陽菜ちゃん」


「なあに?」


「この手帳ね、ほんとは“予定帳”なの」


「え?」


 祖母はやさしく笑った。


「“来てくれたらいいな”って日を書くの。

そうするとね、ほんとに来てくれた気持ちになるのよ」


 陽菜の目から、静かに涙がこぼれた。


 その手を、ぎゅっと握り返した。


──春。


 祖母の部屋のカレンダーには、また新しいページが貼られていた。

 その日の欄には、こう書かれていた。


「陽菜ちゃん、また来た」


 その横には、小さく「ありがとう」と書き足されていた。


──それが、祖母が書いた最後の一文だった。


 けれど陽菜は、カレンダーをそっと壁にかけ直し、同じ文字を継いだ。


「今日も、陽菜ちゃん来た」


 そして、笑った。少し泣きながら。


“優しい嘘”は、誰かを騙すためじゃない。

残された人の心に、小さな明かりを灯すためにある。

悲しみの中にある小さな温もり。

それは、真実よりも強く人をつなぐ――そんな“やさしい嘘”でした。

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