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やさしい嘘  作者: 仙道 神明


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7/10

Ep.7「幸福の嘘」

約束の“来年”は、たとえ来なくても、今を照らす光になる。

二人が紡いだ、最期のやさしい嘘。

 潮の匂いがする風が、カーテンをふわりと揺らした。

 アパートの小さな部屋。ベッドの上で、美沙は目を閉じている。


 窓際のテーブルには、薬と紅茶のカップ。隣で本を読んでいた紘が、ページを閉じた。


 「起きた?」


 「うん……ちょっと夢見てた」


 「どんな夢?」


 「来年の夏、海に行ってる夢」


 「へぇ、もう先取りだな」


 美沙は笑い、かすかに咳をした。紘はそっと水を差し出す。


 「ねぇ、来年はどこの海に行こうか」


 「うーん……沖縄とか?」


 「いいね。青い海と白い砂浜」


 「私、ワンピース着るの」


 「それ似合う」


 二人の声が、やさしい午後に溶けていった。



 病院の帰り際、紘は医師に呼び止められた。


 「……残念ながら、今月が山場です」


 紘は小さくうなずいた。帰り道の海は、どこまでも穏やかだった。

 その静けさが、逆に心を締めつける。


夜。


 ベッドサイドのランプが、柔らかく部屋を照らしている。

 美沙はノートを開いて、何かを書いていた。


 「なに書いてるの?」


 「“行きたい場所リスト”。北海道、長崎、沖縄……」


 「ぜんぶ行こう」


 「うん。来年、ね」


 「来年」


 その言葉を口にするとき、二人とも少しだけ目を伏せた。


⸻数日後。


 美沙が小さな声で言った。


 「ねぇ紘、もし私がいなくなったら、どうする?」


 紘は笑って答えた。


 「また会うよ。次の夏に」


 「ふふ……そういうの、ずるい」


 「嘘つくの、上手になったんだ」


 「私もだよ」


 二人は見つめ合って笑った。その笑顔が、どんな薬よりも美沙を強くした。


 夜、紘は眠る美沙の手を握った。体温は少し冷たくなっていた。時計の針が、静かに日付をまたぐ。外からは波の音が聞こえてくる。


 「おやすみ、美沙」


彼女のまつげが微かに震えた気がした。


それが最後だった。



 机の上のノートが、開かれたままになっていた。

 1ページ目には、大きな文字でこう書かれていた。


 「来年の夏、海に行こう。」


 紘はその文字を指でなぞり、静かに微笑んだ。


 窓の外には、光る海。その向こうに、彼女の笑顔が見えた気がした。

嘘は悲しみを包むための言葉。

それでも、そこに確かにあった愛だけは、本当だった。

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