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やさしい嘘  作者: 仙道 神明


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6/10

Ep.6「希望の嘘」

叶わない約束でも、信じることで誰かを救える。

それは、たしかに希望へと変わる“やさしい嘘”。

 病室のカーテンの隙間から、夕陽が差し込んでいた。

 橙色の光が、点滴のチューブをゆらりと照らす。


 「ほら、今日もちゃんと注射がんばれたね」


 看護師の美咲が笑いながら言うと、ベッドの上の少年・湊は、少し得意げにうなずいた。


 「もう慣れたもんだよ」


 「そっか。じゃあ次の約束、ちゃんと覚えてる?」


 「もちろん。退院したら、一緒に海行くんでしょ?」


 「うん。約束だよ」


 美咲は指切りをした。その指は細く、どこか震えていた。


 湊の病気は、医師の間でも難しいと言われていた。治療で一時的に良くなる日もあったが、長くは続かない。


 けれど彼は、いつも笑っていた。それは、きっと誰よりも“希望”を信じていたからだ。


 いや、正確に言えば——


 希望を信じるふりを、していた。


 ある夜、美咲はナースステーションでカルテを閉じたまま、しばらく動けなかった。

 担当医から聞いた言葉が、まだ耳に残っていた。


 「……長くは、もちません」


 その一言が、心の奥で冷たく響いていた。窓の外には、病院の庭が見える。


 去年の夏、湊と一緒に“海の絵”を描いた場所。


 「この先には、きっと青い海があるんだよ」


 ——あのときの笑顔を思い出す。


次の日の昼。


 湊はベッドの上で、ノートに何かを書いていた。

 「なに書いてるの?」と尋ねると、

 「海で見たいものリスト!」と笑った。


 “かもめ、貝がら、浮き輪、美咲さんの笑顔”


 美咲は思わず吹き出した。


 「最後のはずるいなぁ」


 「本当のこと書いただけだもん」


 笑い合う二人。でも、その笑顔の裏で、美咲は“嘘をつく準備”をしていた。


数週間後。


 容態が急変した夜、美咲は湊の手を握った。心拍モニターの音が、ゆっくりと間をあけて鳴る。


 「ねぇ、美咲さん……海、行けるかな」


 「行けるよ」


 美咲は涙をこらえて、微笑んだ。


 「だって、約束したでしょ? 次は、青い海だよ」


 「うん……楽しみだな……」


 湊は安らかに目を閉じた。美咲はその手を離さず、静かに「ありがとう」とつぶやいた。


それから半年後。


 休暇を取った美咲は、ひとりで海辺に立っていた。

水平線の向こう、光る波の中に、少年の笑顔を見た気がした。

 風が髪を揺らし、潮の香りが頬をなでる。ポケットの中から、小さな紙切れを取り出す。


 “見たいものリスト”


 その最後の行に、彼女は小さく書き足した。


 “約束、ちゃんと果たしたよ”


 そして、青い空に向かって微笑んだ。


 その笑顔は、誰かの“希望の嘘”が残した、ほんの小さな奇跡だった。

たとえ真実が届かなくても、残された心に光は宿る。

それが、希望の名をした嘘の奇跡。

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