Ep.4「愛の嘘」
本当のことだけが、愛じゃない。
やさしい嘘の中に、人は一番深い想いを隠している。
カフェの窓際、冬の陽射しが白く差し込んでいた。湯気の立つカップの向こうで、沙織は微笑んでいた。
「久しぶりだね、健」
「……二年ぶり、かな」
健は、どこかぎこちない笑みを浮かべた。別れた恋人と再び会うには、少し早すぎる気もした。
けれど、彼女のSNSで“結婚報告”を見た夜、なぜか心が動いた。
「お祝い、言いたくてさ」
そう言って、テーブルの上に小さな包みを置く。
「たいしたものじゃないけど」
「ありがとう」
沙織は包みを開け、小さなペンダントを見て微笑んだ。
「懐かしいね。昔も、似たのくれたよね」
「覚えてた?」
「うん。……忘れられないよ」
それきり、二人はしばらく黙った。店内のBGMが、遠くで揺れていた。
沈黙を破ったのは、沙織だった。
「実はね……結婚、してないの」
健は驚いた顔をした。
「え?」
「仕事がうまくいかなくて。心配されたくなくて、嘘ついたの」
そう言って、少し恥ずかしそうに笑った。
「そっか……」
健はコーヒーを一口飲み、窓の外を見た。冷たい風に舞う雪が、光を散らしている。
「実は俺も、嘘ついてた」
沙織が顔を上げる。
「俺、あのとき“別れよう”って言ったけど……本当は言いたくなかった」
「……どうして言ったの?」
「お前が夢を追いたいって言ったから。足を引っ張りたくなかった。だから、格好つけたんだ」
沙織の目に、ゆっくりと涙が浮かんだ。
「ずるいね……」
「お互いさ」
ふたりは笑った。笑いながら、泣いた。
やがて、時計の針が午後を指した。沙織がコートを羽織り、席を立つ。
「また、いつか会えるかな」
「うん。そのときは本当の話をしよう」
「……嘘でもいいよ」
「え?」
「だって、あの頃の嘘は、ちゃんと優しかったから」
そう言って、沙織は微笑んだ。扉のベルが鳴り、冷たい風が吹き込む。
健は残ったカップを見つめながら、小さくつぶやいた。
「そうだな……やさしい嘘で、よかった」
外に出ると、雪が本格的に降り始めていた。白い街の中で、彼は空を見上げる。
その雪の一粒一粒が、まるで誰かの“やさしい嘘”のように、静かに世界を包んでいた。
嘘は、誰かを守るための祈りになる。
“愛の嘘”で終わるこの物語は、静かに真実へと還っていく。




