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やさしい嘘  作者: 仙道 神明


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3/10

Ep.3「自己防衛の嘘」

終わった恋に嘘を重ねるのは、忘れたいからじゃない。

それでも笑うことで、ようやく前を向ける――そんな物語。

 「沙耶、来てくれてありがとう」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。振り返ると、白いタキシードの悠人が立っていた。その隣には、花のように笑う新婦。


 沙耶はグラスを持ち替え、できる限り自然な笑顔を作る。


 「ううん、呼んでくれてありがとう。……本当に、おめでとう」


 その言葉を口にした途端、世界が少し遠くなった。拍手の音も、カメラのシャッターも、どこか他人事のように聞こえる。


 グラスの水面が光を反射して揺れ、その中に自分の顔が滲んで見えた。


 ――泣いちゃだめ。今日だけは。


 式の帰り道、薄曇りの空に、風が通り抜けていく。電車の窓に映る自分の笑顔が、どこかぎこちなかった。



 悠人とは、三年前、同じ会社の部署で出会った。遅くまで残業していた夜、コンビニの肉まんを分け合ったのが始まりだった。


 あの頃は、何をしても楽しくて、未来の話をするだけで時間が足りなかった。


 ――いつか二人で小さなカフェでもやれたらいいね


 彼がそう言ったとき、本気だと思っていた。

だけど、その“いつか”の中に、自分の名前はもうなかったのだと気づいたのは、別れの直前だった。


 「あなたは、きっと幸せになるよ」


 それが、最初の“嘘”だった。



 数日後、同僚との飲み会。誰かがスマホを見ながら言った。


 「悠人くん、奥さんと京都行ってるらしいよ。写真すっごい素敵!」


 テーブルの上を、笑い声が転がる。沙耶もつられて笑った。


 「ほんと? 似合ってたもんね、あの二人」


 グラスを持つ手が少しだけ震えた。誰も気づかない。彼女の笑顔は完璧だったから。


 夜、自宅に戻ると、静かな部屋に時計の音だけが響いていた。

 机の上のスマホが光る。SNSのタイムラインに、悠人と妻の写真。


 “初めての新婚旅行。最高の思い出”


 沙耶はその投稿に、ゆっくりと指を滑らせる。


 ――いいね。


 たったそれだけで、胸の奥が少しざらついた。でも、それでいい。

 誰も傷つけないし、自分も壊さない。


これは“前を向くための嘘”。


 翌朝、出勤電車の窓に映る自分の顔を見つめる。昨日よりも、少しだけ柔らかい表情をしている気がした。

 通り過ぎる街の看板の文字が滲む。それでも、心は静かだった。


 「……おめでとう」


 誰にともなく呟いた言葉は、窓の向こうの朝日に溶けていった。

 その声が少しだけ震えたのは、ようやく“本当のさよなら”を言えたからだ。

強がる笑顔も、ひとつの生き方。

その“嘘”が、明日を歩くための小さな勇気になりますように。

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