Ep.10「沈黙の嘘」
言葉にできない想いを、ひとは嘘で包むことがある。
それでも、その沈黙にはたしかな“愛”があった。
朝のキッチンに、電子レンジの音が響く。
父・修一は寝癖を手で直しながら、コンビニの袋をそっと開けた。
中には、いつもの「唐揚げ弁当」。蓋を外して、丁寧に母の使っていた弁当箱へ移し替える。
見た目を整え、彩りに冷凍のブロッコリーを添える。
最後に、母がよく使っていた黄色の包み布でくるむと、まるで本当に“手作り”のように見えた。
「おーい、悠真、そろそろ行くぞー」
二階から返事が聞こえる。階段を降りてきた息子は、制服のシャツを少し出したまま、無言で弁当を受け取った。
「……ありがとう」
短くそう言って、靴を履く。
その一言が、修一の胸を少しだけ温かくした。息子は何も疑っていない――そう思いたかった。
昼休み。
悠真は教室の隅で、弁当の包みを広げる。ふたを開けると、見慣れた唐揚げとブロッコリー。
隣の友達が覗き込みながら笑った。
「お前んち、いつも弁当うまそうだな! おふくろの味ってやつ?」
「……ああ、まぁ、そんな感じ」
悠真は小さく笑って、箸を動かした。ブロッコリーを噛みながら、母の顔を思い出す。
あの人の作る弁当には、必ず卵焼きが入っていた。
ほんのり甘くて、朝の匂いがした。
けれど今、その卵焼きはない。父の弁当には、いつも“どこかで見た味”が詰まっている。
気づいたのは、初めて弁当をもらった日だった。
でも、何も言わなかった。父が台所に立つ姿を見たとき、その背中が、少しだけ不器用に揺れていたから。
数週間後。
帰宅すると、父がソファに横になっていた。額に手を当てると熱い。
「……父さん、熱あるじゃん」
修一は笑って「大丈夫だ」と言ったが、声はかすれていた。
その夜、悠真は母のレシピノートを探し出した。ページの間には、古い買い物メモと、黄色くなったレシピが挟まっていた。
“甘い卵焼きの作り方”
見よう見まねで卵を割り、味付けを試しながら焼く。少し焦げたけれど、どこか懐かしい匂いがした。
翌朝。
修一の枕元に、包まれた弁当が置かれていた。
「今日は、俺が作った」
そう言って、悠真は出かけていった。
布をほどくと、焦げた卵焼きと唐揚げ、そしてブロッコリーが詰まっていた。
修一は少し笑って、弁当を開けたまましばらく見つめた。
胸の奥が、静かに熱くなっていく。
その日の夜、父と息子は並んで夕飯を食べた。テレビの音だけが流れる中、どちらも何も言わなかった。
ただ、食後に修一が言った。
「……ありがとな」
悠真は一瞬だけ父を見て、
「……うん」
とだけ答えた。
二人の“沈黙の嘘”は、そのまま食卓の上に置かれたままだった。
けれどそれは、たしかに“やさしい”味がした。
真実を語らなくても、心は通い合う。
その沈黙の中に、やさしさの形が静かに息づいていました。




