貴族との婚約を破棄した私は剣を執る! なのに王立学園で講師として王子を打ちのめしたら、逆に――告白されてしまいました!
「シルヴィ、もっと女性らしくしたらどうなんだ。剣ばっかり触ってないで、礼儀作法の一つでも身に着けようとしたらどうなんだ? 君には、貴族と結婚する自覚が足りていない!」
土埃が舞う誰も居ない小さな訓練場で、男性の声が響いた。
それに答えるのは私、シルヴィ・ルフォール。
逆らってはいけない。
けど……。
「ですが、私は剣の腕と、今までの実績があったらかアドリアン様の――」
「そんな事は関係ない! それは今までの話だ。婚約が決まった今も、毎日毎日剣を振るってどうする。ダンスすらまともに踊れない婚約者など、恥ずかしくて夜会にも出せないではないか!」
アドリアン様が更に声を張り上げ、ゆっくりと遅い手が私に向かう。
避ける事が容易くとも前に避けて怒られた私は、黙って平手を受ける。
――それが全ての始まりだった。
頭が叩かれ、横に流れる。
そして、いつ以来か分からない頭部への強い衝撃と共に私は――前世を思い出した。
いや、思い出してしまった。
「え……」
私はシルヴィ・ルフォールだ……。
なのに、頭の中に突然出てきた日本人としての記憶。
間違いなく私だと、感覚がそう訴えていた。
名前は古道 祈。
その次に思い出したのは、毎日馬鹿みたいに剣道をしている私だった。
名前よりも何をしてたかを知った途端に、不思議と納得してしまう。
「何だ、私じゃん」
「貴様、何を笑っている! まったく気味が悪い。貴様との婚約など、いつでも破棄出来る事を忘れるなよ」
目の前に居る貴族の事を思い出し、私は顔を上げた。
「アドリアン様、叩いてくれてありがとうございます。それと、婚約はどうぞ破棄して下さい。」
うん、無理だ。
私はこの人とやっていけない。
シルヴィも私だけど、前世である祈の感覚を取り戻してしまった今の私には、この貴族を受け入れる事はどう考えても不可能に近い。
何だ、この貴族。
もっかい殴って来てくれないかな。
そしたら絶対に剣を抜いて、斬りつけてやる。
もしくは服でも切り裂いて、街に放り投げたいぐらいだ。
「な、何を言っている貴様。自分がどれだけ運よく、今の立場まで来られたと思っている。貴様の戦場での功績を父上が認め、婚約に至ったのだぞ。平民風情が調子に乗るんじゃない!」
「別に、調子に乗っている訳じゃありません」
何だこいつ……。
もしかしなくても、シルヴィとしての私を良い様に利用しようと考えていたのか?
それで居なくなるから駄目だって?
腹が立って来た。
「私はただ、あんたみたいな奴と一緒には居れない。そう言っているんですよアドリアン様。分かりますか? 私が何に怒っているのか」
静かに剣に手をかける。
それだけでアドリアンが後退り、足を震わせていた。
前の私が逆らわなかったのを良い事に、調子に乗っていたのだろう。
「きっ、貴様! 何をするつもりだ! まさかこの私に剣を向けるつもりじゃないだろうな!」
「それは、アドリアン様の返答次第かと」
気づけば私は、目の前に居る男を睨み、僅かに抜刀の姿勢を作っていた。
攻撃して来なさい、斬り殺してあげる。
そんな私を見て更に足をすくませたアドリアンが、後退りながら声を荒げた。
「もう良いッ! 貴様の様な野蛮で戦う事しかしらない女など、こっちから願い下げた! 婚約なんて破棄だッ――今すぐ消え失せろ! まった面倒な仕事を増やしやがって! 今日来る来客にも、貴様など我がフェリエ家には最初っから居なかったと説明してやる!」
それを聞いた途端私の表情に笑顔が生まれ、丁寧に腰を折ってあげる。
「ありがとうございますアドリアン様。どうぞご勝手に、それでは――さようなら」
そう言って私は屋敷を出て街に出向かった。
***
私シルヴィ・ルフォール。
元日本人の記憶を持つ私は貴族との婚約を捨て街に出てから屋台を回り、食べ物を手に取り、何度かお金を払った時に気づいてしまう。
お金は減るけど、もう増える事はない……。
そう私は――無職だ。
――やばい。
非常に不味い……。
貴族の婚約相手でもないから、もう最低限のお金が渡される事もない。
今日は大丈夫でも、その内お金は無くなる。
「どうしよう……」
そんな事を考えながら街を歩いている時だった。
――子供の悲鳴が聞こえて来る。
周囲を見渡してもそれらしい人影は見えず、再び微かに耳に入った。
路地だ。
動いた身体が路地に駆け込み、人気のない場所に踏み込んで行く。
そして角を曲がった先の小道で、両脇を担ぎ上げられた少年と少女の姿を目にする。
ガラの悪い男二人が口を塞ぎながら子供を持ち上げていた。
「ちっ、誰か来たぞ」
男の一人が私に気づき子供をもう一人に押し付け、ナイフを抜く。
見てしまったからには、事情は知らないが無視するつもりは毛頭ない。
私は前に駆けていた。
「おい、せっかくだ生かして捕えろ」
「分かってるよ」
ナイフを持った男が私に向かってナイフを振るう。
向かって来る刃物が遅く感じる。
これだから、素振りもしない素人が。
――向かって来たナイフを左肘で外に弾き、そのまま左手を切り返して顎を打つ。
男の顔が傾きながら身体が横に流れ、近くの壁にぶつかって倒れる。
「役立たずが」
男が手を離した途端に子供は走り去って行く。
「あんたも逃げたら?」
「調子に乗りやがって」
男が剣を抜いて、前に構えた。
「あいつらの代わりに、お前で稼がせてもらう!」
仲間がどう倒された見てなかったのか。
自分の事を強いと思っているのか。
どちらにしても、呆れて言葉も出ない。
向かって来る男の剣をかわし、横から男の腹に向かって膝蹴りを入れた。
「うぅッ――」
それだけ男が剣を手放し地面に転がり、苦しみ始める。
「剣を手放すぐらいなら、初めから抜くんじゃないわよ」
男の剣を拾い上げ、男の首の真横に剣を突き刺す。
あぁ駄目だ、イライラする。
あの貴族を殴れなかった分、後一回ぐらいは何かを殴るか斬りつけたい。
「ぃっ――」
そんな事を考えながら真下に居る男を見下ろすと、男は情けない声を出しながら意識を失った。
そして足音が聞こえた私は振り返った。
「お前、シルヴィ・ルフォールか?」
振り返った私は、髭を蓄えた男性と目を合わせる。
「はい……」
シルヴィの記憶を辿っても、この人の記憶はなかった。
つまり、私とは初対面の筈なのに、一方的に名前を知られている。
それよりも、何て言おう……。
男二人が横たわる状況で、そばに立つ私。
自白も何も、犯人は私だ。
「えっと、これはその……子供をさらおうとしてたので、つい」
「つい、ね」
男が倒れている二人に目を向ける。
この人、もしかして仲間?
だったら敵だけど――斬って良いかな……。
「おいおい、待てって。俺はこいつらを助けようともしてないし、あんたに危害を加えるつもりもない。ただあんたに話があって来たんだ」
「え?」
敵じゃ……ない?
急に現れたから敵だと思ってたけど、この人も私みたいに駆けつけた……じゃない。
私に話って何だろう、絶対に良い話じゃない事は確かだ。
まさかアドリアンがさし向けた人で、連れ戻しにでも来たのだろうか。
「話って? どうして私の名前を?」
「どうしてって、そりゃ戦場で戦果を上げて、貴族と婚約にまで至った軍人なんて稀だ。それ以来表に姿を見せないって噂まで広がってたんだからな、ちょっとした有名人って訳だ」
女性でも力があれば良いと認めたアドリアンの父親と違って、アドリアン本人が相応しくないと言って私を外に出さなかっただけだけど、それがこんな形で知れ渡っていたなんて知らなかった。
「そんな有名人が路地で、男二人を軽々と、ね。腕は落ちてないようだな」
「外に出れなくても、訓練場にはいましたので。それで話ってなんですか? 貴方の名前は?」
「質問攻めだな、まぁ落ち着けよ。俺は、あんたに良い話を持って来たんだ。どうせ、貴族のお坊ちゃんと揉めて出て来たんだろ? 苛立ってて分かりやすいぜ」
「なっ――」
「おいおい、だから剣を抜こうとするんじゃねぇ!」
反射的に手が動き、危うくこの男に剣を向けそうになる。
からかって来るような態度が、どうにも受け入れられない。
何を考えているんだこの男は、それに……私ってそんなに顔に出るタイプなのかな……。
「俺はレオンスって言う、あんたと比べると名の知れた剣士って訳でもないが、ちょっと人手を探しててな。剣の腕が立つ人間を手当たり次第に当たってた所で、あんたの家にも行こうと思ってたんだ」
アドリアンが言っていた来客って、この人だったのね。
「何の様ですか? ご察しの通り、私はもうアドリアン・フェリエの婚約者ではありません。ただの平民なのですが」
「婚約も破棄したんだな……。まぁなんだ、色々と災難だったな」
「お気遣いなく。それで話とは?」
「あぁそれなんだが、あんた俺のやってた仕事を引き継いでくれねぇか? 出来れば平民上がりの奴に引き継ぎたいんだが、剣の腕がある奴は少なくてな。その点、あんたなら問題ないだろ」
「仕事を? それはどういう」
「まぁ細かい話は要らないって。剣が扱えて、人に教えられる奴なら問題ねぇよ。貴族のガキに剣を教えた事ぐらいあるだろ? そういう感じだ。俺はちょっとそのガキと仲が悪くてな、辞めるにも後任を探して来いと言われて困ってたんだよ」
「あの、私も貴族ともめたばかりで、自信は……」
「でも、行く宛てもなければ、金もねぇだろ?」
それは言われたら、私は何も言い返せなかった。
探せば、勿論仕事はあるだろう。
でも、高確率で今誘われている仕事よりは、報酬が劣るに違いない。
軍人に戻る選択肢もありえるが、婚約で退いた私が戻った所で居場所があるのだろうか……。
「分かりました、その話。引き受けます」
悩んだ末、私は承諾するのだった。
「だったら此処に書かれている場所に行ってくれ、そこに依頼主が居るからよ」
そう言って私は手紙を受け取り、仕事を手にするのだった。
***
そして少しどころではなく、物凄く後悔している。
いや、困っている人間に付け入る人が悪いに違いない。
「初めまして。本日から皆さんに剣術を教える事になりました、シルヴィ・ルフォールです。よろしくお願いします」
――王立学園。
王都で一番大きいその学園は、殆どの生徒が貴族である。
わざと言わなかったな……。
確かに貴族の子供に教える事に変わりはない。
ただし、その数が違う。
まさか学校だとは思いもよらず、勝手に個人とばかり思っていた……。
引継ぎを行う教師も居なければ、目の前に居る二十七人の生徒は何も言ってくれない。
それどころか、大半の生徒が何かを待っている様にそわそわしている。
「レオンス先生はどうしたんですか?」
「レオンス先生は、私にこの仕事を押し付けて辞めました」
嘘は言っていない。それに、聞いて来た女子生徒も、残念がるというよりはとりあえず確認したと言った様子でやはり何か変だった。
あの人、何して辞める事になったんだろうか……。
とてつもなく不安だ。
「ですので、これからよろしくお願いします。先ずは、皆さんがどこまで出来るのか判断出来ないので、軽く素振りからして下さい」
とりあえず素振りを指示し、私は少し離れた所から見渡し始める。
けれど、二十七人の中から一人の男子生徒が離れて行く。
その人を皆が、ちらちらと視線で追っていた。
「はい、集中しないとやってる方も、見てる方も意味がないからね!」
少し声を張り上げてから、私は離れた生徒の方に向かう。
――綺麗なブロンドカラーの髪をした男子生徒。
他の生徒と同じ服を着ていても、肌や髪のつや。
装飾された剣が目立っている。
「どうかされましたか? 体調が悪いなら休んでても構いませんが」
「別に、やる必要がない事はしない」
男子生徒がハッキリ答えると、皆の意識が素振りから離れこちらに向いた。
「なるほど。剣術は下手で良いって事ね」
そう言い返した私は、やる気のない生徒から離れていく。
必要以上にやれと言っても仕方がないし、貴族相手に強要しても問題になるだけだ。
「待て。誰がそんな事を言った?」
「誰って貴方が言ったんでしょ、無駄な事はしないって。つまり、剣術は下手で良いって事でしょ」
「そうは言ってないだろ、俺には必要のない事だと、言っているんだ」
「いつどの時代の剣豪と呼ばれる人であっても基礎は怠らない。稀に基礎をしないで偉業を成し遂げる人も居るけど、それは実戦で何百回と戦って生き残れたから。でも、基礎を軽んじる人間が戦場から生き残れる確率なんて、殆どないよ」
シルヴィとして見て来た記憶が蘇り、日本人の祈の感覚で受け入れようとするか、吐こうと思えば吐けそうな気分に陥ってしまう。
――戦わないで済むなら、それで良いのに。
武勲を上げた私が言っても、しょうがないんだろうけど。
「なるほどそういう事か」
「良かった、分かって――」
「貴方に勝てたら、その基礎も必要ないって事ですね? レオンスの後任だからどんな方が来るのかと思っていましたが、まさか女性で。僕に基礎をやれと言って来る方だとは思いませんでしたよ」
「私と手合わせしたいの?」
「そもそも、こんな授業必要ないと何度も言っているんだ。これで貴方を倒し、学園長に直談判します。そして僕が授業を受けなくて済む様になれば、それで文句はありません。他国の情勢やその他軍事関連の本や報告書を読む時間はいくらあっても足りませんからね」
「倒す……ね。分かった、それじゃ実戦形式で試合しようか。君はその剣を使って良いよ。私は訓練用の剣を使うから」
刃が削られた鉄の剣。
当たれば痛いし、打ちどころが悪ければ重傷だ。
けれど、打撲や腕が折れる程度で済む。
腕が斬り落とされたりと言った事故は起きない。
「良いね?」
「はい、構いません」
「良し。――皆! 素振り止め、これより先生と、反抗的な態度をとって来る生徒との一騎打ちを始めたいと思います」
生徒の顔が引きつっていく。
それもそうか。
先生と、生徒が初日から揉めて戦うんだ。
穏やかじゃなかったな……。
皆が自然と円を作り始めた事で、私とその生徒が中に入り、動くのには困らない広さで皆に囲まれた。
「誰か合図を」
「それじゃ、私が……行わせていただきます」
「悪いけど、お願いね」
「さっさとしろ」
「――はい。それじゃ、これより試合を開始させていただきます。開始の合図はこのコインが地面に触れた瞬間です」
そう言って、女子生徒が指でコインを上に向かって弾き飛ばした。
およそ四秒で落ちる高さで舞、地面に落ちて行く。
――そして地面にコインが触れた途端、私は前に駆けていた。
遅れて剣を引き抜いた男子生徒が、迫って来る私に対して剣を構えようとするも、剣を横に流しているだけでロクに構えてもいない私に対してどう反応して良いのか迷っている。
「このーー」
対応が分からないのであればと、男子生徒が剣を押し付けて来た。
私はそれを剣で受け止め、そのまま剣先の重心を引きながら持ちてを上げると、男子生徒の振るった剣が流れ、地面に僅かに突き刺さる。
「これならッーー」
振り向き様に男子生徒が剣を振るうも、大ぶりな攻撃を私は屈むだけでかわし、目の前に見える男子生徒の腹部目掛けて、剣の柄頭を思いっきり押し込める様にして強大した。
「うっーー」
男子生徒が腹を抑えその場でへたりこんだ。
これぐらいで剣を離すなって……。
あれ、何か最近言った気が……まぁ気のせいだろう。
「どうした? 負けた具合はどうかね?」
屈み込んでいる男子生徒のそばで私も屈み、同じ目線で話しかけていた。
「貴様っ――」
睨む様な視線が私に向けられる。
これだから貴族相手は面倒だ。
「ルノー様、お怪我は?」
「殿下。大丈夫ですか!?」
貴族の学校だ、様が出て来るのは分かる。
けど……殿下?
「ねぇ皆。この人って、貴族なんだよね?」
「シルヴィ先生その」
困っていた私の所に試合の合図をしてくれた女子生徒が近づいて来る。
「ルノー様は、この国の第四王子です……余りご無礼はしない方が……良い方」
「終わった後に言われてもね……」
不味い。
本当に不味い。
授業中の、両者合意の決闘とは言え、王子相手は流石にやり過ぎたか。
また首になるのかな私!?
やっぱり貴族が関わると、今の所全部上手くいってないな……。
「ルノー様、大丈夫なんですか!?」
「あぁ構うな、俺はもう帰る」
不味い、私が首になるどころか、一人の不登校児を作ってしまった。
何でこんな事に……。
「えっと、他の皆もなんかごめんね。多分、私首だと思うから、明日から居なかったら察して……」
「大丈夫です、先生。私達も、もう慣れてますから」
「良く変わるって事?」
「はい。レオンス先生だけは、随分と長く引き受けてくれたのですが」
「それってどれぐらい?」
「三か月程は居てくれました」
三か月で長い方なのか。
だったら半年は目指してみたい気持ちは今出たが、もう手遅れだ。
「教えてくれてありがとうね。それじゃ、今日は基礎を一通りしたら終わりにするから」
そう言って生徒たちは剣術の授業を終えた。
***
――後日。
朝一番で、学園長の部屋に行った私は、確認があると尋ねると、昨日の事なら気にするならと入る前に話を終わらされていた。
流石王立学園。
貴族から広まった話が教員に入り、昨日の事は既に知られていたのだろう。
そして何故か学園長の判断で私は今日も、剣術を教える事になっている。
訓練場に来て、昨日の二十六人と顔を合わせる。
勿論、一人居ない。
……やっぱり、私が休む原因を与えてしまったか……。
良くない先生だ。
それを自覚して、可能な限り皆に剣術を教えて行こう。
嫌われたって構わない。
この子達が、戦場で生き残る方が重要だ。
「おはようございます。本日も剣術指導を続ける事になりましたシルヴィです。引き続きよろしくお願いします」
「「「お願いします」」」
昨日よりも返事してくれる声が増えていた。
まだ大声って訳ではないが、マシになっている。
「それじゃ、昨日と同じで素振りから」
そう言うと皆が素振りを始め、昨日よりも一段と集中していた。
どう受け止められているのかは分かんないけど、これは結果的に良かったのかな。
一人には嫌われちゃったみたいだけど。
――そう思っていた男子生徒が、訓練場に入り私の方に向かって来る。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
頭を下げ、私に謝って来るルノー王子。
その姿勢は昨日よりも明らかに、私を見下している感じはしなかった。
「遅れる事は仕方ないよ。色々事情があるだろうし、でも軍などの場では時間厳守だからね。そこは忘れないでくれるかな?」
「かしこまりました、シルヴィ先生! これからはご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」
その言葉を聞いた全員が素振りを止め、私と男子生徒の方を見ていた。
「今……ルノーが頭下げたよな?」
「えっ、どういう事なの? もしかして、シルヴィ先生って凄い人なの?」
「だったら、昨日のあれは何だったんだよ」
「弱みを握っているとかじゃないのっ?」
あることない事を言い始める生徒達。
もしそれが起こるとしたら、間違いなく逆じゃないだろうか……。
後ろ盾のない私なんで、吹けば飛ぶ紙切れ同然だ。
ただその紙切れが、多少は実績によって色づいているだけで大して変わらない。
「それとシルヴィ先生。一つお伝えしたい事があります」
神妙な面持ちで王子が姿勢を正していた。
「何?」
そして手を前に出した途端――頭を下げる。
「僕と結婚を前提に付き合って下さい」
一瞬で周囲から浮足立った雰囲気が出て来る。
けれど、
「無理」
私は即答だった。
何を言っているのか、先生と生徒だ。
周囲からは悲鳴や困惑した声が溢れ、訓練場を混沌にしていた。
「どうしてですか!」
「どうしても何でも、無理なものは無理でしょ」
「あの貴族とは婚約していたじゃないですか! それなのになぜ王族である僕からのアプローチが断られるのか、答えてください」
「無理なものは無理なの。私は先生で、生徒とだなんて。国が許しても、私の中の感覚がそれを許してくれないの!」
「そこを何とかお願いします」
離れようとした私に男子生徒が迫って来る。
それを私は反射的に身体を動かし、昨日同様男子生徒の腹に剣の柄頭をぶつけていた。
下手な拳で殴るよりは何倍も痛いはずだ。
男子生徒がうずくまり、私を見上げて来る。
「シルヴィ……先生」
必死に伸ばして来る手が私に向かう。
「皆、ごめんだけど、今日も授業は各自自習してて、絶対に次は教えるから!」
そう言って私は、訓練場を後にするのだった。
**
その日の夕方。
学園から出て帰ろうとした所で男子生徒が横から現れ、私に向かって走って来る。
「シルヴィ先生、聞きました。元々は貴族と婚約されていたとか。良ければこの俺と――ぉ……」
今朝の出来事を知っているのか、これで二人目だ。
王子だけでなく、他の貴族からも告白されるとは思ってもいなかった。
どうせ、私の戦果を知った貴族が、勢いに任せて来ているのだろう。
だから私は――問答無用でみぞを攻撃し、一撃で鎮める。
「もう鬱陶しい! いい迷惑よ!」
「俺はまだ……」
私はそんな男子生徒から逃げ、その日を終えるのだった。
***
それから三日後の訓練場。
「シルヴィ先生、僕と付き合っ――」
王子からの愛の告白。
それを今日も開口一番に口にしようとした王子の腹を打つ。
これが避けられないようじゃ、仮に生徒と先生でなくとも考えられない。
「もう少し鍛えてから、言いなさい。話にならない」
「それはつまり、鍛えたら良いという事でしょうか!?」
「良いとは言ってないわよ。こう毎日告白されても鬱陶しいってだけよ」
「分かりました。それでは、お指導のほどよろしくお願いします!」
それでもめげずに頭を下げるルノー。
「はぁ、分かったから。さっさと並びなさい」
「はい!」
そうして私は、今日も王立学園で剣術を教えるのだった。
***
シルヴィが居なくなって数日。
既に私設騎士団から脱退する者も現れ、入団希望所も減っていた。
「私は、戦場でお見掛けしたあのシルヴィ・ルフォールが居るのなら、そちらの私設騎士団に入っても良いと元々返事を返させていただいた筈です」
「それはそうですが、何卒我が騎士団に……」
そんな状況で最後の頼みの綱とも言える男もまた、フェリエ家の二人に軽蔑の眼差しを向けている。
手紙で聞いていた話と違うと、言いたげな面持ちだった。
「既に何度も申し上げましたが、その頼みは聞く事は出来ません」
元々居る者は変わらず仕えている。
けれど、純粋に剣の腕を磨き続けている者など殆ど居ない。
そんな場所に男が、興味を示す訳がなかった。
「この話は無かった。という事でお願いします。失礼――」
「お待ち下さい!」
鎧を着た男性が軽快に立ち上がり、その部屋から出て行く。
それを止めようと呼び止めても、男が止まる事はなかった。
シルヴィが居れば、彼は立ち止まったのだろう。
しかし、この場にシルヴィは居ない。
婚約を破棄してしまったフェリエ家が、それをどんなに後悔しようとも、もう手遅れだった。
――剣を執る者の場所に、剣を好む者が集う。
――それがこの世界だ。
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――海月花夜――




