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☆7☆
「今度は宿泊者名簿ね。
今、持ってくるから、ちょっと待っててちょうだい」
美墨ホテルのマープルが、
そう言うと受付の下から、
すぐに半年前の大学ノートを取り出す。
炎華がノートを開いて半年前の、
九月十一日、
事件当日の、
最初の宿泊者である早乙女教授のサインをジッと見つめる。
さらに、ページを前の日にめくって、前日の早乙女教授のサインを調べ、前日と当日の筆跡を見比べる。
竜破が、
「早乙女教授の筆跡に違いはあるかい?」
炎華が首を振り、
「まったく同じ筆跡ね。恐らく、筆跡鑑定の専門家が調べても、同じ結果になると思うわ」
竜破が、
「早乙女教授偽者説は八方塞がりに陥ったな」
炎華が、
「となると、怪しいのは真城の兄の圭一か、正樹という事になるわね?」
マープルが、
「あらあら、でも、その日、
圭一くんは薙奈ちゃんと、
ずっとデートしていたはずよ~。それに、
正樹くんは性格的に誘拐とか無理じゃないかしら。あら、噂をすれば薙奈ちゃんよ」
女子大生風の女性が、
「何々? 何かあったのマープルおばさま?
あらら、そこのゴスロリ少女って、
もしかして、
もしかすると、
美少女名探偵雪獅子炎華ちゃんかしら?
マープルおばさまから、話は聞いてるわよ」
竜破がニンマリ笑い、
「だ、そうだぞ、炎華。
ちょっとした有名人だな、炎華は。あ、俺は炎華の知り合いで、ごく普通の高校生、有世竜破です」
炎華が気を取り直し、
「さっそくだけど、薙奈は去年の、
九月十一日、
圭一とデートに行ったらしいけど、それは本当の事かしら?」
薙奈が、
「ああ、それなら本当よ。
あの日は、あたしにとって、
一生、忘れられないデートだったから。
あ、でも、もちろん、
その日に圭一の妹の真城ちゃんが行方不明になったって事も知ってるわよ」
マープルが、
「ね、言った通りでしょ。
二人とも朝から晩まで、
イチャイチャ、ラブラブしてたのよね~。
そんな幸せなデートだったら、一生忘れられないデートになるわよね~」
薙奈が憤慨し、
「からかわないでよ~。マープルおばさま~。あの日は本当に、それどころじゃなかったんだから~」
炎華が、
「何かあったのかしら?」
薙奈が、
「それがね、圭一の奴がお昼から馬刺しを食べたいとか言い出しちゃって、
ええ~っ、
とか思ったんだけど、結局、圭一がど~しても食べたい。
とか言い出してさ。
仕方がないから馬刺しのお店に行ったのよ。
そ~したら、もう大変な事になったのよ!」
炎華、我輩、竜破、マープルの三人と一匹が何が起きたのか?
と期待に目を輝かせて薙奈の話を待っていると、
「いや、そんなに期待されても困るんだけど。
本当に大した事じゃないのよ。
よ~するに、馬刺しを食べたあと、圭一の奴が馬刺しに当たっちゃって、お腹を壊しちゃったのよ。
おかげで、お昼っから日陰大学病院に行くわ、その後のデートも、
下痢だ下痢だって、
何度もトイレに駆け込んで、もう最低の、最悪のデートだったわ。
本当に、忘れろって言われても、一生忘れられない嫌な思い出よ!」
炎華の瞳がキラリと輝き、
「血に染まった犯人に結びつく、
緋色の糸がすべて繋がったわね」
美墨ホテルを出た炎華がスマホを取り出し、
鬼頭警部に電話をかける。
「鬼頭警部、真城の遺体は見つかったのかしら?」
鬼頭警部の声がスマホ越しに響く。
『炎華くんかね!
ちょうど今、見つかった所なのだ!
まったく、君の言っていた場所とピッタリ一致していたのだ!
驚きなのだ!』
鬼頭警部の興奮を押さえるように炎華が、
「犯人を押さえに、これから早乙女邸に行くから、鬼頭警部もすぐに来てくれるかしら」
『分かったのだ! すぐに行くのだ! 早乙女邸で待っていて欲しいのだ!』
「慌てなくてもいいわよ。犯人は絶対に捕まらないと、今ごろ思っているでしょうからね」
炎華がスマホを切ると竜破が、
「さっきの緋色がどうとか言っていたのは、
シャーロック・ホームズの、
【緋色の研究】
から引用した決めゼリフかい?」
炎華が、
「だったらどうだって言うのよ!」
「あ痛っあああっ!」
炎華に足を踏まれ、竜破が絶叫をあげる。
学習しない竜破である。