2
☆2☆
「あらあら、まあまあ、炎華ちゃんにユキニャンちゃん。
すっごい久しぶりだわね~。
カイザー航空殺人事件以来かしらね~。
そちらの男の子は炎華ちゃんのボーイフレンドかしら?
ぜひ、おばちゃまにも紹介してね炎華ちゃん」
美墨ホテルのオーナー美墨真亜古ことマープルが、受付でニコやかに炎華を迎える。
「竜破はただのボディーガードよ。前のホテルで色々あったから一緒について来てもらったの。しばらくマープルおばさまのホテルでお世話になるわ」
炎華が前のホテルで起きた事件をかいつまんで説明した。
竜破が、
「有世竜破です。一応、ここまで炎華を無事に連れて来たんで、俺はもう行きますね」
マープルが、
「まあまあ、待って待って、部屋で少し休んでいきなさいよ。そうそう、美味しいお茶とお菓子を持って行くから、みんなでお茶会にしましょう。ね、それがいいわ」
はしゃぐマープルに炎華が、
「私は構わないけど、竜破はどうするの?」
竜破がうなずき、
「それじゃお言葉に甘えて、俺もお茶会に参加します。実はちょっと腹も減ってたんで、渡りに船ですよ」
マープルが、
「あ、それから、二人ともこれに名前を書いてちょうだいね」
宿泊者名簿らしき大学ノートの開いたページを指差す。
炎華が名前を書こうとするとマープルが、
「待って待って炎華ちゃん。
そこじゃないわよ。
次のページに書くのよ。
一番最初の左上に書いてね」
次のページに切り替えると、
今、書こうとした見開きページの右側が全くの白紙部分となって、
凄い無駄になる気もするのだが、炎華もそう思ったのか、その事を口にした。
「何か、空白のページがもったいない気がするわね」
言いながらページをめくった。
マープルが、
「朝八時でページを切り替えるのが、ウチの昔からの習慣なのよね~。そのほうが、あとで見やすくて便利なのよ」
炎華が記載しようとするとマープルが、
「あと貴重品があるなら預かっておくわよ」
「これをお願いするわ」
炎華がポーチを渡すと、
マープルが背後の、
複数ある小型の金庫にポーチを入れて鍵をかけた。
その鍵を炎華に渡す。
マープルが部屋を案内する。
昭和の雰囲気が漂う、どこか懐かしい洒落た感じがする部屋だ。
マープルがすぐにお茶とお菓子を持ってきた。
マープルが溌剌と、
「受付は弟の孫娘、
薙奈ちゃんに頼んできたわ。
薙奈ちゃんは、
うちの近くの日陰大学の大学生でね、
今は春休み中だから、
ウチでバイトしているのよ~。
とってもいい子でね。
彼氏もいるのよ、同じ大学で、
早乙女圭一っていうイケメンなのよ。
圭一くんのお父様がまた凄いのよ~。
日陰大学の教授で、
生物学の権威なのよ。
一般的には昆虫学者として有名な、
早乙女道蔵教授なのよ~。
ほらほら、テレビでも話題になった、あの新種の蝶の発見を知っているわよね。
日陰蝶っていう名前が付けられた。
日陰蝶の発見者なのよね~。
今は自宅の温室で日陰蝶をたくさん飼っているらしいわよ。
早乙女教授は日陰大学によく泊まるんだけど、
たま~に、
だいたい週に一回ぐらい、
ウチに泊まってくれるのよね~。
そうそう、
その早乙女教授のお孫さんの事なんだけど、
あれも大変な事件だったわよね~。
本当に可哀想な事件だったわ~。
確か半年前だったわよね、
孫娘の、
真城ちゃんが突然、
行方不明になったのは。
そりゃもう大変な事件だったわよね~。
テレビでも話題になったし、
炎華ちゃんも当然、知ってるわよね~。
警察も必死に捜索したけど、結局、見つからなかったのよね~。
神隠山の神隠事件とか言って、
マスコミも大騒ぎしてたわよね~。
神隠山っていうのは、
となり街の早乙女市と、
ここ日陰市の間にある、
車もバイクも通れない、
険しい山なのよね~。
ここから歩くと、山を越えて、となりの早乙女市まで行くのに、
ニ時間ぐらいかかるし、
車で山を迂回すると、
三十分ぐらいかかるのよね~。
ちなみに、早乙女教授の自宅は、となり街の、
早乙女市にあるのよね~。
それはともかく、
真城ちゃんが行方不明になった日は、
ウチのホテルでも大変な事件が起きたのよ~。
実は、事件の前日から早乙女教授がウチに泊まっていたのよ。
それで翌朝の七時ごろ、
いったんチェックアウトしたんだけど、
身体の具合が悪いとか言って、
八時ごろにまた戻ってきたの。
その朝はバイトの新人、
東条ちゃんが受付してたのよね。
それで昼の十ニ時まで、
ウチに泊まり直したのよ。
事件というのは、
早乙女教授がチェックアウトする、
十ニ時に起きたのよ。
別のお客さんが連れてきた大型犬が突然、
早乙女教授に噛みついたの!
もう、みんなビックリして、
かなり深い傷だったから、
血がダラダラ流れていて、
あわてて救急車を呼んだけど、
早乙女教授はそれを断って、
自分で病院に行きますって、
そう言って、そのまま出て行ったのよ。
そのあと真城ちゃんの行方不明事件でしょ。
不幸っていう物は、続く時は続くもんだな~って、つくづく思ったわ」
炎華が、
「真城が最後に目撃されたのは、いつごろかしら?」
マープルが笑みを浮かべ、
「あらあら、名探偵炎華ちゃんの名推理がまた始まったのかしら?
真城ちゃんが最後に目撃されたのは事件当日の、
午前十一時半ごろ。
その時間に、
となり街の早乙女市で、
コンビニに買い物に行った真城ちゃんと、
フードをかぶった怪しい男が、
一緒に店の外に出るところが、
監視カメラに映っていたわ」
俺は、
「十一時半にさらわれたとしたら、
早乙女教授は犯人じゃないな。
チェックアウトした十ニ時までは、ここ日陰市にいたんだから」
マープルが目を丸くしして、
「あらあら、竜破くんは早乙女教授を疑っているのかしら?
ホテルの出入り口は受付しかないし、
目の中に入れても痛くないっていうほど真城ちゃんを可愛いがっていた早乙女教授が? そんな、自分の孫娘を誘拐するわけないでしょう」
炎華もうなずき、
「マープルおばさまの言う通りよ。早乙女教授は犯人から除外しましょう」
竜破が不服そうに、
「だから最初に除外するって言ったじゃん。ただ、一応、疑ってみただけだよ」
竜破が反論するも、
マープルが、
「い~え、早乙女教授ぐらい立派な方はなかなかいません。決して疑ってはダメですよ~」
炎華が同意し、
「まったく同感ね。竜破は気がきかないのよね、マープルおばさまの言う通りよ。よく考えてから物を言ってよね」
「それと」
マープルが思い出したように、
「あの事件以来、早乙女教授は大学を休んでるそうよ。ウチのホテルにも寄り付かなくなったし、残念だけど仕方ないわね~」
炎華が、
「マープルおばさまにお願いがあるんだけど、一つ、いいかしら?」
「な~に? おばちゃまに出来る事なら何でも言ってちょうだい」
炎華が、
「早乙女市の早乙女教授の自宅に行きたいんだけど、マープルおばさまから早乙女教授にアポイントを取ってもらえないかしら。理由はそうね、昆虫に興味があるとか何とか適当に言ってもらって」
マープルが、
「それならお安いご用よ。早乙女教授の名刺があるから連絡しておくわ」
こうして炎華と我輩、ついでに竜破は早乙女邸へと向かったのである。