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神隠山伝説殺人事件
☆1☆
炎華がラウンジで倒れている。
白いドレスの胸からは、鮮やかな血がしとどに流れ落ち、床一面を血だらけにしている。
我輩はなす術がなく、
「ニャアウ」
と鳴きながら、炎華のまわりをウロウロしていた。そこへ、
場違いな感じの少年の声が響く。
「こりゃ酷いな。ライフルで一撃かよ」
少年が窓の銃痕を見ながら言った。
「リフトの先にある山小屋から狙ったな。
距離にして九百メートルはあるから、撃った奴はゴルゴ13並みの凄腕のスナイパーだな」
少年が炎華に手をかざし、
じっと見つめる。すると、
炎華の身体に緑色に光る走査線が走り、不思議な事に、その部分がみるみる修復されていく。
まるで、フィルムの逆回転を見るかのようである。
しばらくすると、炎華の身体は完全に治ってしまった。
炎華の瞳が開き、ゆっくりと立ち上がる。
不思議そうに、
「何で、私はこんな所に倒れていたのかしら?」
我輩に問いかける。
少年が、
「誰かに撃たれたんだよ。弾丸が頭の近くを通ったから、衝撃波で三半器管が麻痺して、気を失ったんだ」
少年が亀裂の入ったガラス窓を指差し、炎華に説明した。
少年が続ける、
「君は、誰かに恨まれる覚えとかはないのかい?」
炎華が皮肉な笑みを浮かべ、
「数えきれないほどありすぎて、特定出来ないわね」
少年が肩をすくめ、
「ともかく、このホテルに泊まり続けるのは危険だ。どこか、別の場所に泊まったほうがいい」
炎華が思案し、
「それなら、美墨ホテルがいいわね。神隠し山の近くにあるホテルよ」
「そうか、それじゃ俺も一緒に行こう」
炎華が首をかしげ、
「ボディーガードでもしてくれるのかしら?」
「君の安全が確保されるまではな」
炎華がうなずき、
「私は雪獅子炎華、探偵よ。この子はユキニャン。猫だけど、私の相棒なの、よろしくね」
我輩は飼い猫である。
名前は、
ユキニャン。
探偵であるゴスロリ少女、雪獅子炎華の相棒を務め、探偵の真似事をしている、
猫探偵である。
炎華は、今は白いドレス姿だが、普段は漆黒のゴスロリ姿なのである。
炎華が、
「それで、お兄さんのお名前は何て言うのかしら?」
「俺はアルセーヌ、じゃなくて、
有世竜破だ。
虹祭学園に通う、ごく普通の高校一年生だよ」
ちょっと細身で中肉中背、ごく普通の少年である。
緋色のブレザーの制服を着ている。
竜破が、
「それじゃ、その美墨ホテルとやらへ行こうか」
炎華がうなずき、
「そうね。
真亜古おばさまに会うのも久しぶりね。楽しみだわ。元気にしているかしら?」
竜破が、
「ミス・マープルの事か?」
「そうよ。竜破はマープルおばさまの事を知っているのかしら?」
「実は前世で」
炎華が不思議そうに、
「前世?」
「いや、何でもない。こっちのミス・マープルも探偵ごっこをしているのかな?」
「若いころは美少女名探偵として、
一世を風靡していたそうよ。
今は引退して、美墨ホテルのオーナーをしているわ。
年齢を聞いた事はないけど、
七十近いんじゃないかしら。
探偵はもう無理よね」
竜破が驚き、
「ミス・マープルがそんなバアさんに!? い、いや、こっちのマープルは、俺の知っているマープルとは違うんだよな。異世界だからな」
炎華が不思議そうに、
「異世界?」
竜破が慌てて、
「いや、何でもない。こっちの話だ」
炎華が不安そうに、
「お兄さん、本当に大丈夫かしら? ちょっと心配ね、ユキニャン。中二病なのかしら?」
「ウニャッ」
我輩は肯定した。
竜破が、
「大丈夫だって、ちゃんと美墨ホテルまで送るから、大船に乗ったつもりでいな、美少女名☆探偵炎華ちゃん」
疑いの眼差しで竜破を見つめる炎華が、
「仕方がないわね」
と溜め息をつき、いったん自分の部屋に戻ると、美墨ホテルへ向かう準備を始めた。
ゴスロリ姿に着替えた炎華を見て竜破が、
「炎華はゴスロリ姿のほうが何となくしっくりくるなあ」
炎華が問う。
「それは何でかしら」
「いや、なんとなく。何だろう? ダークなイメージが合っているっていうか、何となくだな」
炎華が首を振り、
「よく分からないわね」
「つまり、美少女名探偵炎華ちゃんって、感じがするんだよ」
炎華が肩をすくめホテルを出る。
竜破もそのあとに続いた。
結局、竜破は炎華が死んでいた事や、不可思議な能力で生き返らせた事などを一切しゃべらなかった。
というか、あれが本当に起きた事なのかどうか、我輩も今となっては確信が持てない。きっと、
あれは夢か幻であったに違いない。
いや、絶対に夢幻である。