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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第2章 初めての世界
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第9話 ポテトサラダ

 秘翠が渡辺家に来て一週間が経ち、彼女がいる生活が普通になっていた。秘翠は朝早く起き、和佐と共に朝食を作る。


「包丁使い、上手になったわね。その調子よ、秘翠ちゃん」

「はい。ありがとうございます、和佐さん」


 ポテトサラダを作るため、包丁でじゃがいもやきゅうり、玉ねぎを切っていく。それらをボウルに入れ、マヨネーズと潰した茹で卵を加えてスプーンで混ぜ合わせた。

 秘翠が渡辺家に住む条件として、家事を一緒にすることが和佐から提示されていた。共に生活していくうえで、そしてお互いを知るためにもと和佐は言ったが、本心では娘と一緒に料理をしたいという願望がある。

 実の娘である未来は、普段から道場の朝練に行ってしまうためにギリギリまで寝ている。碧は早起きすればある程度手伝ってくれるが、皿を並べる程度だ。そんな兄妹を持ち寂しさを覚えていた和佐にとって、教えれば身に着け上達してくれる秘翠は、願ってもない相手なのである。

 和佐に褒められ嬉しそうに目元を和ませた秘翠は、味見をして目を輝かせた。


「おいしいです!」

「ええ、おいしいわね。これなら、碧たちも喜ぶわ」

「はいっ」


 にこにことして小鉢に盛り付けながら、秘翠はこの一週間のことを思い出す。

 ただ人形のように日々を過ごすだけだった秘翠は、世間の常識というものを何も知らないでいた。料理は勿論のこと、横断歩道も信号も知らない。学校や仕事というものも、電化製品の数々も驚きの対象だった。

 それらについて説明してくれたのは、主に碧と未来である。二人は秘翠が生活に困らないよう、家だけでなく外にも連れて行き、様々なことを教えた。彼らのお蔭で、秘翠は一週間で他人に不審がられない程度の常識を身に着けることが出来た。


(少しでも、恩返しがしたいから)


 秘翠がポテトサラダを作ったのには、理由がある。昨夜高校から帰って来た碧に、一つ質問をしてみたのだ。


「碧くん、明日の朝ご飯で何か食べたいものある?」

「食べたいもの? ……うーん、ポテトサラダかな。丁度食パンあるし、挟んで食べたい」

「わかった。頑張る」

「作ってくれるのか? ありがとな」

「あ……うん」


 ふっと柔らかく表情を崩すと、碧は秘翠の頭を撫でる。そして碧はすぐに、制服から着替えるために自室に引き上げてしまう。


「……っ、何で」


 何で、こんなに胸が痛いんだろう。秘翠はブラウスの胸元を握り締め、しばしその場で立ち尽くしていた。


「秘翠ちゃん、顔赤いけど熱でもある?」

「――えっ。だ、大丈夫です」


 ぼんやりと昨夜のことを思い出していた秘翠は、和佐に尋ねられて我に返った。心配そうに自分の顔を覗く和佐に、秘翠は笑って誤魔化す。

 和佐は何か言いたげだったが、それ以上の深追いはしない。内心は秘翠の様子が微笑ましくて口元が緩みそうになっていたが、頑張って我慢する。


(本当に、可愛いわぁ)


 少女の想いが叶うことを願いながら、和佐は秘翠と共に朝食の用意を終えた。すると、時間を計っていたのかと思うタイミングで居間へ繋がるドアが開く。


「……おはよう」

「おはよう。碧、よく眠れた?」

「うん。……秘翠、おはよ」

「おはよう、碧くん。あのね」


 皿を並べ終わった時、丁度洗顔して制服に着替えた碧が居間にやって来た。少し眠そうにしていた碧だが、秘翠がポテトサラダを作ったと言うと嬉しそうに微笑んだ。


「本当に作ってくれたのか。ありがとな」

「味の保証は出来ないけど、たぶん大丈夫」

「大丈夫だろ、絶対。――いただきます」

「はい、どうぞ。秘翠ちゃんもお疲れ様。一緒に食べちゃって」

「はい! いただきます」


 和佐に許可を貰い、碧の隣で箸を持つ秘翠。随分と箸をうまく扱えるようになり、おいしそうにポテトサラダを頬張った。

 自然な笑顔を見せるようになった秘翠を横目にしながら、碧もトースターで焼いた食パンにチーズとポテトサラダと挟んでぱくついた。味が濃すぎることもなく、おいしいポテトサラダだ。


「秘翠、また腕を上げたな。うまいわ」

「ほんとに? よかった……ありがとう」

「礼を言うのはこっちだろ。……このまま、何もなければ良いのにな」

「……うん」


 食後にプレーンヨーグルトを食べながら、碧が呟く。その祈りにも似た言葉に頷き、秘翠は心からその日が来ないことを願っていた。


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