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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第6章 約束の果て
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最終話 想いを告げる

 二人が別れてから、二年後の三月。

 十八歳になっていた碧は、道場の帰りに空き地で竹刀を振っていた。


「はっ、はっ」


 祖父の道場に入門し直した碧は、改めて一から剣道を学び直した。必死の思いで師匠たる祖父の稽古に食らい付き、もうすぐ免許皆伝だと褒められるまでの急成長を見せる。そのための努力の一つが、この毎日素振り千回だ。

 素振りを終えると、竹刀と同じ袋に入っていた夜切を交代で取り出す。そちらは鞘から抜き、鵺と茨から教わった型を繰り返し体に叩き込む。

 鵺と茨はあの一件以来、時折碧に太刀を使った戦い方を教えてくれるようになった。浪の命令だという彼らは渋々の体でいるが、その実は結構楽しんでいるらしい。互いに命を削り合った者同士、初めは抵抗もあったが、一年もすれば本気で鍛錬し合える間柄へと変化していた。


「……帰るか」


 汗をタオルで拭い、碧は帰路につく。

 この二年で、碧は心身共に急成長を見せていた。筋力が付き、精悍さが増している。とはいえ所謂マッチョな体型ではなく細身のためか、女子から好意を寄せられることが増えていった。その全てに対し、碧はすげなく断っているのだが。

 更に文武両道を行き、全国模試でも百番台に名を連ねるようになった。ただ、秘翠と再会した時に恥ずかしくない自分でいられるよう、努力を重ねた結果である。四月には志望大学に入学することが決まっていた。

 茨との死闘を繰り広げた空き地を後にし、碧は自宅への道を歩く。もう襲われることはないと知りつつも、何となく周りを気にしてしまうのは最早癖だ。


「……ん?」


 後十数メートルで我が家だという所まで来て、碧はふと立ち止まった。自宅の前に、誰かが立ち竦んでいる。


「……」


 心臓が大きく音を鳴らして、碧は背中に汗が伝うのを感じた。喉が渇き、言葉がうまく声に出来ない。

 向こうも碧に気付いたらしく、こちらを見て大きな目を更に大きくしている。長い黒髪を風に遊ばせ、翡翠色の瞳に碧を映す。彼女の目が潤み、顔を歪めるのが見えた。


「秘翠ッ」


 彼女だと確信した直後、碧は駆け出していた。秘翠も脇目も振らずに走り出し、こけそうになりながらも碧の胸に飛び込んで来る。


「碧くんっ」

「秘翠……っ。どうして、ここに? それにその格好」


 一度秘翠を強く抱き締めた碧は、彼女の身に着けているものを見て目を見張った。秘翠の衣服は、数週間前に未来が送った春物のツーピースだ。桜の花があしらわれたシフォン素材のスカートが、風を受けてひらりと舞った。そして首元には、未来にプレゼントされた銀色の三日月に小さな緑色の星がくっついているペンダントが輝いている。

 驚く碧にしたり顔を見せた秘翠は、涙を指で拭いながらも「実はね」と微笑む。


「力の制御がうまくいったの。もう、暴走させることはないよ。そうしたらね、今までの詫びだって言って、長老と両親の協力してくれて、高校卒業までの資格を手に入れたの!」

「本当、なのか? それは」

「本当だよ。それに、春からは碧くんと同じ大学に通うんだ」


 秘翠も、この二年間で大いに成長していた。秘匿の力を使いこなすための訓練を毎日行い、更に夜は高校卒業資格を得るための勉強時間にあてていたのだ。血のにじむような努力を続ける娘に対し、遠ざけていた両親も考えを少し改めてくれたのだという。今ではわだかまりが解けてきて、笑顔で会話が出来る。


「両親や弟の蓮とは別々に暮らしてるけど、一緒に過ごす時間が増えたの。距離が縮まったように思えて、嬉しい」


 そう言いつつも、秘翠は今碧の腕の中にいる。その意味を理解し、碧はもう一度秘翠を大切に抱き締めた。


「おかえり、秘翠。……ようやく、きみに伝えられる」

「ただいま、碧くん。わたしも、ね。碧くんにずっとずっと、伝えたいことがあったの」


 二人は目を合わせ、微笑み合う。

 何処までも優しい瞳で秘翠を射抜く碧は、早鐘を打つ胸の奥を感じながらもずっと伝えたかった想いを口にした。


「秘翠、俺はきみのことが一番好きだ。もう、何処にも行かせたくない。ずっと俺の傍に、いてくれないか?」

「わたしも、碧くんのことが一番大好きです。今度こそ、ずっとあなたの傍にいても良いですか?」

「――勿論だ」

「ありがとう、碧くん」


 想いを伝え合い、真っ赤に染まった顔の碧と秘翠は互いを自分の瞳に映す。それからおずおずと相手の背中に腕を回し、きゅっと抱き締める。


「好きだ」

「うん」


 耳元で囁かれた純粋な愛の言葉に、秘翠は頷き手に力を籠めることで応じる。心臓が爆発しそうな程拍動しているが、それ以上に幸せで満たされていた。

 碧はキャパオーバーに陥りかけていた。しかしようやく触れられた愛しい人を二度と離さないよう、温かさを確かめるように抱き締めている。

 自らが太陽から受けた光に照らされた二人を、月がただ見守っていた。


こちらの物語は、ここで完結です。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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