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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第6章 約束の果て
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第39話 再会

 碧が起き上がって自分で動けるようになるには、更に二日必要だった。それ程までに短期間で体を酷使し、また多くの傷を受けてしまっていたのだ。

 その二日の間、碧は夢の中にいた。彼の先祖である渡辺綱の在りし日の姿と面会し、語らっていたのだ。

 端正な顔立ちで、思いの外がっしりとした体つきの綱は、碧を目の前にして微笑んだ。


「よく、我が太刀の子を目覚めさせてくれた。礼を言うぞ」

「俺こそ、夜切のお蔭で秘翠を取り戻すことが出来ました。あの太刀が無ければ、俺は立ち向かうことすら出来なかった」

「それは、少し違おう。太刀は人を選ぶが、その境はお前の未知の力量だ。お前の想い、その強さに惹かれ、夜切はその力を存分に発揮した。……今後も、精進を重ねよ」

「俺の、想い……。はい」


 碧が大きく頷くと、綱は満足げに笑う。そして、ふと上を見上げた。


「そろそろ、頃合いだ。お前を呼ぶ声が、お前を引き戻す」


 空からは白い光が降り注ぎ、綱の姿が透明になっていく。碧は慌てて、彼に手を伸ばした。


「待って。また、会えますか?」

「――会うべき時が来れば」


 綱の答えはそれだけで、碧の意識が遠退くのと一緒に消えていく。

 そして、碧はようやく目を覚ますのだ。


「夢……?」


 ぼんやりと目覚めた碧は、全身の痛みが落ち着いていることに安堵した。前回目覚めた時は、体中が痛くて悶絶したものだ。

 ほっと息をつき、上半身を起こそうとする。しかし、何かが重石となって碧の掛け布団を動かせない。何か置いてあるのか、と碧は体を上にずらし、ベッドの上に目をやった。


「え……」

「ん……っ」


 碧はベッドの上を見て、呆然とする。そこに頭を乗せて眠っていたのは秘翠であり、彼女は気持ち良さそうに寝息をたてている。彼女のあどけない寝顔に心音を速くした碧は、そっと彼女の肩に手を伸ばしてゆすり起こした。


「おい、秘翠。頼むから起きてくれ」

「んぅ? あおくん?」


 ぼんやりとした表情で顔を上げた秘翠は目をこすると、眠そうな目でじっと碧の顔を見詰めた。そのぼんやりとした瞳が碧の何かを刺激して、いたたまれない気持ちになる。


「ああ、そうだよ。頼むから、起きて……」

「よかった、目を覚ましてくれて!」

「うわぁっ!?」


 はっきりと目覚めたかと思うと、秘翠が突然碧に抱き付いた。思いも寄らないことで、碧は背中から再びベッドに倒れ込んでしまう。背中の傷が疼いたが、それ以上に心臓が五月蠅い。


「おい、秘翠。離れ……」

「……」

「秘翠?」


 自分に抱き付いたまま微動だにしない翡翠に不安を感じ、碧はそっと彼女の背中を撫でてみる。すると秘翠が顔を上げ、潤んだ目で碧を見下ろす。


「……二日間も目覚めなくて、どうしようって不安だった。起きなかったら、わたしのせいだって何度も思って、泣きそうになって。でも泣いたらもっと起きないって未来ちゃんに言われて、我慢して……ぐずっ」

「泣くなよ。泣き虫だな」


 ぐずぐずと泣き始めた秘翠に困り果て、碧は冗談を含めて場を和まそうとした。しかし、それが返って秘翠の感情を溢れさせる。


「碧くんのこと、本当に心配したんだよ!? それに、わたしもたくさん心配かけたから、早く謝りたかったの。……勝手に出て行って、心配かけてごめんなさい。助けに来てくれて、本当にありがとう」

「俺の方こそ、お前のことが心配でたまらなくて、未来に無理言って飛び出したんだ。後で父さんたちに目一杯怒られそうだ。……だけど、秘翠が無事でよかった。目の前で笑っていてくれて、戻って来てくれてありがとな」


 正直な気持ちを吐露する碧に、秘翠は涙目になりながらもぶんぶんと首を横に振る。そして、きゅっとまだ傷の残る碧の手に自分の手を重ね、碧の顔をじっと見つめた。

 ドキリとする程美しい翡翠色の瞳に魅入られ、碧は目を離せなくなる。


「あのね、碧くん。わたし……」

「……」

「わたし、碧くんのこと……」


 トントントン。間近で見つめ合っていた碧と秘翠は、突然聞こえて来たノックする音に驚き、同時に体を離した。


 がちゃりとドアを開けたのは、おにぎりなどをお盆に乗せて運んで来た未来だった。未来は兄と秘翠の様子を見て何かを察し、ニヤリと笑う。


「お邪魔しちゃった? また出直すね?」

「出直すな! 良いから、それを運んで来てくれたんだろうが」

「照れないでよ、兄さん。わかりやすいなぁ」

「うっさい!」


 突然始まった兄妹喧嘩を目の当たりにして、秘翠は目を丸くした。そして、自分が何を碧に伝えようとしていたのかを思い出し、顔を真っ赤に染める。頬に手を添えると、熱があるかのように熱い。


(わたし、わたしの気持ちは……)


 きゅっと手の指を組んで胸に置き、秘翠はようやく自覚した想いをきちんと碧に伝えたいと決めた。何となく、そろそろ終わりが近付いていると勘付いていたのかもしれない。

 まさか秘翠がそんな決意を秘めていることなど気付きもせず、碧は未来から奪い取ったおにぎりにかぶりついていた。


「ったく、あいつは」


 未来を追い出し、ようやく一息つく碧。彼は自分の耳が熱を持っていることに気付きながら、それをあえて無視して朝食を食べ終えた。


「五月蠅くてごめんな、秘翠」

「ううん。兄妹仲が良いのは、とっても良いことだよ。……わたしも、れんっていう年の離れた弟がいるんだって。直接会ったことはないけど、いつか一緒に笑って喧嘩出来れば良いな」

「……そっか。出来るよ、絶対」

「うん、ありがと」


 碧に勇気付けられ、秘翠は新たな夢を描く。自分を排した家族と向き合い、自分の運命と決別すること。それが、自身が先へ進むために不可欠な条件なのだと。


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