第38話 心配したんだから
「ん……? ここ、は」
碧が目を覚ますと、懐かしさすら感じる自室にいた。体を動かし起き上がろうとするが、激痛が走り動けない。その痛みは悲鳴すら上げられない程のもので、悶絶して耐えるしかなかった。
「兄さん?」
一旦痛みが落ち着いた頃、部屋の戸が開かれる音がして、未来が顔を見せた。碧の顔を覗き込み、起きていることを知ると目を丸くする。そして、碧が口を開く前に大粒の涙を流し始めた。
「え? おい、どうし……」
「どうしたもこうしたもない! 滅茶苦茶心配したんだからね、このくそ兄貴!」
「ちょっ、待て。心配かけて悪かっ―――っ」
妹の涙を拭おうとして、再び激痛にさいなまれた碧。耐えるために思わず目を閉じていると、傍でカチャカチャと何かをしている音がした。碧が目を開けると、未来が持って来た救急箱を開けて消毒薬や包帯を取り出しているのが見える。
「未来」
「兄さん、あんだけ言ったのに、またたくさん怪我して。病院に担ぎ込みたかったけど、怪我の理由なんて話せるわけもなくて、ずっと家で手当てしてたんだよ? 本当に血だらけで、お母さんが卒倒しそうになってたんだから」
眠っている間もうなされていた。未来にそう言われ、碧は立つ瀬がない。素直に謝ることしか出来なかった。
「……ごめん」
「もう良いの。というか、誰も責めようなんて思っていないから。ちゃんと、秘翠さんと帰って来てくれたし」
「そうだ、未来。秘翠は!?」
「無事。昨日目を覚まして、今日になって起き上がれるようになってるよ。ぼんやりしてたけど、今はお母さんたちに色々話してくれてるはずだよ。兄さんはもう少し、ベッドで寝ててよね」
「昨日って。未来、俺たちが帰ってから何日か経ったのか?」
碧の戸惑いに、未来が頷く。
「丸三日、かな。二人共衰弱してて、どれだけ心配したか。……でも、終わったんでしょ?」
「……ああ」
「なら、良いの。……ほら、これ飲んで寝てて」
「わかった」
水に溶かした痛み止めを飲まされ、碧は眠気を感じて目を閉じる。すぐに夢へと落ち、昨日よりも落ち着いた寝息をたて始め、未来はほっと胸を撫で下ろした。
そしてくるっと後ろを振り返り、未来は誰もいないはずの廊下に向かって呼び掛ける。
「秘翠さん、大丈夫だよ」
「……ありがと、未来ちゃん」
開いたドアから顔を覗かせたのは、ワンピース姿の秘翠だ。彼女も碧程でないにしろ怪我をして衰弱していたが、もう立って歩けるまでに回復した。
そんな秘翠が目覚めてまず気にしたことが、碧の安否である。起き上がろうとして失敗した彼女に、未来と和佐が碧の無事を知らせた。
「だから、大丈夫。それに、秘翠さんが責任を感じる必要なんてないよ? 兄さんは、自分のために秘翠さんを取り返しに行ったんだから」
「自分の、ため?」
どういう意味か。秘翠は未来に尋ねたが、未来からは「兄さんが目覚めたら訊いてみて」とはぐらかされてしまった。
ようやく目覚めたという碧の眠る顔を見詰め、秘翠は込み上げて来る涙を抑えて彼の頬に触れた。傷には触らないよう、細心の注意を払う。
「ありがとう、迎えに来てくれて」
「兄さんが次に目を覚ましたら、秘翠さんが傍にいてあげてね?」
「未来ちゃん……。うん、そうするね」
にやつく未来に頷き、秘翠は彼女と共に碧の部屋を出る。未来に部屋で休んでいるよう言われ、改めて和佐と雄青に話した内容を思い出す。そして、これからのことを考え始めていた。




