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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第6章 約束の果て
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第37話 帰ろう

 荒い呼吸を繰り返しながら、碧は座敷牢を一つ一つ確認していく。どの牢ももぬけの殻で、普段は使われていないのだと察しはついた。

 同じような牢が左右に続き、少しずつ感覚が麻痺していく。自分が何処まで歩いたのかわからなくなりかけた頃、碧は蚊の鳴くような細い声を聞いた。


「……おくん」

「秘翠?」

「嘘、碧く……ん」

「秘翠!」


 震える秘翠の声が、鮮明に碧の耳に届く。その途端、碧は今までの疲労を感じさせないスピードで駆け、秘翠が囚われた座敷牢の前で急ブレーキをかける。口の中で血の味がしたが無理矢理呑み込んで、碧は格子戸を掴んだ。


「秘翠、無事か?」

「なんで、ここに……」


 呆然と座敷牢の中で呟く秘翠に、碧はこともなげに笑ってみせた。鍵の束を秘翠に見せ、一本ずつ鍵穴に差して正解を探す。


「お前と一緒にいたいんだ、俺は。……心配した。帰ろうぜ、未来も待ってる」

「碧……っ、ありがと」

「礼は後だ」


 ガチャリ。十本目にしてようやく開いた格子戸に手をかけ、碧は身を乗り出す。手を伸ばし、秘翠に呼び掛けた。


「来いよ、秘翠」

「碧、くん。……うん!」


 枯れたはずの涙が、翡翠の両目から溢れ出す。視界が滲み、碧の顔を真っ直ぐに見ることが出来ない。

 しかし、それでよかったのかもしれない。碧は全身血と砂ぼこりでボロボロに汚れて傷付いており、女の子の前に出る格好ではなかった。手のひらも傷ついていたが、碧はその痛みよりも、秘翠の手を取ることが出来た安堵感で胸がいっぱいになる。


「ほら」

「きゃっ」


 碧は涙ぐみそうな自分を叱咤し、ぐいっと秘翠の体を引き寄せる。華奢で軽い秘翠の感触にドキリとして、その心音が彼女に聞こえないようにと願った。

 気を取り直し、碧は秘翠の細い指と自分の指を絡める。強く握り、決して離さないように。


「走れるな? 一気に行くぞ」

「――はいっ」


 涙を拭い、秘翠も碧の手を握り返す。しぼんでいた気持ちが浮上していく現金な自分に苦笑して、秘翠は碧の胸から体を離した。大きく心臓が跳ね、その鼓動が体を熱くする。

 碧も秘翠も、互いの温かさに触れて相手の大切さを再認識した。

 見張りたちが伸びている廊下を駆け抜け、階段を上る。そして洞窟へと飛び出すと、一気に加速した。

 幸いにも、彼らを追って来る者はいない。孤里を退け紀花を倒し、咲刃の人形を戦闘不能にしたことで、酒呑童子回帰派の主要戦力を削ぐことは出来たらしい。碧は逸る気持ちを抑えながら、秘翠の手を引き走り続けた。

 どれほど走り続けただろうか。三日月の照らす住宅地に入り、碧はようやくスピードを緩めた。人目につく場所まで下りて来れば、山中ほどの危険はない。


「碧くん、あれ」

「ん? ……ああ、帰って来たのか」


 秘翠の指差す方を碧が見ると、そちらには慣れ親しんだわが家の明かりがあった。ほっと胸を撫で下ろした途端、碧は足に力が入らなくなる。


「あ……」

「碧くん!?」


 がくんっと倒れた碧は秘翠の胸に受け止められ、そのまま意識を手放す。秘翠の自分の名を呼ぶ声に応じたい気持ちはあったが、それ以上に睡魔が強く抗えなかったのだ。


(ごめん、秘翠。最後に締まらな……)


 完全に気を失った碧を抱き締め、秘翠は慌てた。自分だけで碧を家まで連れて行こうにも、彼女自身も疲労困憊で動けそうにない。


「どうしたら……」

「秘翠、さん? 秘翠さん!」


 困惑していた時、秘翠は彼女を呼ぶ少女の声を聞いた。ハッと顔を上げると、こちらを見て驚く未来の姿が見える。天の助けとばかりに、秘翠は懸命に未来を呼んだ。


「未来ちゃん。お願い、助けて! 碧くんがっ」

「兄さん!」


 街灯の下でもわかるほど真っ青な顔をして、未来が碧と秘翠に駆け寄る。そして秘翠と二人、力を合わせて碧を自宅に運ぶことに成功した。


「お帰りなさい、秘翠さん」

「よかった、無事で」


 雄青と和佐も帰宅しており、秘翠たちを玄関で迎えてくれた。秘翠と碧の姿を見て、二人共ほっとした表情を見せて喜んだ。それが意外で、秘翠は胸を熱くした。


「ただいま帰りまし……っ」

「秘翠さん!?」


 雄青に碧を預け、ほっとしたのも束の間。今度は秘翠が気を失って倒れた。


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