第35話 ロリ研究者
碧は腹から息を吸い込み、失われかけた気力を呼び覚ます。自分がここに来たのは、たった一人の大切な存在の手を掴むためだ。
(この気持ちは、多分……。だから、絶対に取り戻す)
気付いてしまえば、恥ずかしくて回れ右をしたくなる。しかし、それでは自分から逃げることと同じだ。今は、目の前にいる紀花を諦めさせなければならない。それについて考えるのは、秘翠と再会してからでいい。
(夜切、頼む。俺と共に戦ってくれ)
碧は心の底から、先祖が手にした太刀の写しに呼び掛ける。力を貸して欲しい、共に戦って欲しいのだと。
「な、何!?」
紀花の戸惑いの声を聞き、碧の意識が引き戻される。彼女の視線の先を辿れば、それは碧の太刀へと注がれていた。
「……確かに秘翠と出逢ってもそのまま里に戻せば、お前とこうやって対峙することもなかったんだろうけどな。俺は、その選択をしなかった」
太刀・夜切の青い光は炎のように揺らめき燃え上がり、碧の瞳を照らす。光は碧の瞳に移り、彼の瞳の色が焦げ茶色から紺碧へと変わる。
「俺は、大切なやつとの約束を守る。だから、お前に必ず勝つ!」
「小癪なっ。お前のような若造に負けるような私ではない!」
青い閃光と鉄の輝きが弾け、再度高速で打ち合う。洞窟内に反響する音は、その余韻が収まるのを待たず、倍増を繰り返す。汗が飛び、血が傷から溢れる。
碧は大鎌で四肢が切り取られないのが不思議なほど疲弊し、それでも戦場に立ち走り続けた。全ては、何処かで自分を待っているはずの少女と再会するため。
「っ、はっ」
短く息を吐き、同時に大鎌の攻撃を弾く。徐々に紀花の技の切れも失われていく。紀花の体力も限界なのだと察し、碧は次がこの戦いの最後だと決めた。
(もう、どれくらいの時間が経った? 昼か夜か、それすらわからない)
思考を何とか正常に保ち、切れ切れになる意識をこちら側に引き戻す。そして、碧は握力のなくなりかけた手に決死の力を籠める。
「――夜切、行くぞ」
「勝つ。理想を、実現するために」
互いの目的を賭け、二つの意地がぶつかる。
「はあっ!」
碧の太刀が青い光を放ち、紀花の大鎌の柄を斬り飛ばす。ドスッという音がして、碧の背後に大鎌の刃が突き刺さった。
「え……」
ぽかん、と呆けた表情をしたのは、大鎌の柄を持ったままの紀花だ。突然軽くなった柄のその意味を理解出来ず、硬直している。
「――っ、はぁ、はぁっ、はっ」
ともすれば止まりそうな呼吸を無理矢理整え、碧は崩れ落ちかけた足を叱咤した。腕や脚からの流血は落ち着き、両足を引きずり紀花の横を通り過ぎる。
紀花はふと体の力を抜き、ぺたんとその場に座り込んでしまった。彼女の横を通り過ぎる時、碧はかすれ声で呟く。
「あいつは返してもらう」
「……」
黙ったままの紀花からの返答は、元から期待していない。碧は太刀の血振りをし、腰の鞘に収めた。カチリと音がして、碧は前を向く。
碧が向かう先にあるのは、巨城。その何処かに秘翠がいる、それだけのヒントを頼りに彼女を捜し出さなくてはならない。気が遠くなりそうだったが、碧は気力だけで足を動かした。
(何処だ、秘翠。何処に……)
開いていた門扉から中に入ると、そこは戦国の城に酷似した空間だった。
幾つもの太い木の柱が乱立し、奥には階段が見える。廊下を進めば板敷の部屋が左右に備えられているが、人の姿はない。
「ここが、回帰派の拠点」
誰もいないということは、皆出払っているのだろうか。それとも、今まで碧が出逢って来た男たちで全員なのか。謎は尽きないが、碧は一階を捜し終えると二階へと上がった。
「来たか」
「……そう簡単には会わせてもらえないらしいな」
碧が二階へ上がると、そこには二人の屈強な男を従えた女が立っていた。顔は大人びているが、身長は百五十センチもないだろう。所謂ロリ体型の女は、そのツインテールをなびかせ、碧を指差す。
「お前、紀花様を倒してここまで来たんだろう? 秘匿の居場所が知りたいか?」
「……そうだと言ったら?」
警戒しつつ碧が睨みつけると、女はくすっと妖しく微笑んだ。そしてひらりと一回転して後方に跳ぶと、配下らしき男二人を前に押し出す。
「こいつらを倒してみよ。我が研究により造られた、玩具だ」
「オォォォォォォオオォォッ」
「ガアァァァァァァアアアアッ」
女が柱の影に姿を消すと同時に、二人の『男』が奇声を発した。目が赤く爛々と輝き、筋力が増量する。それだけを見ても、ただの人や鬼ではないのだと察せられた。
「オートマタとか機械人形とかロボットとかの類か」
「好きに呼べ。そして、こいつらを倒せば、秘匿の居場所を教えてやろう」
「くっ」
碧が舌打ちをして太刀に手を添えると、柱だらけの部屋は異空間へと変貌した。柱などの障害物が消え、ただだだっ広い荒れ地と化す。これも『結界』の一種らしい。
「上等だ。……待っててくれ、秘翠」
碧は太刀を握る手に力を籠め、『男』の一人が突進して来るのをギリギリまで引き付ける。そして、相手が拳を振り上げた瞬間を狙い、居合を放った。




