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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第6章 約束の果て
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第34話 再戦

 碧の予想通り、鵺と茨がこの場にいるのは浪の命令だ。

 鬼の隠れ里に住む浪たちにとって、酒呑童子回帰派は扱い辛く悩ましい者たちだった。祖先崇拝を拡大解釈し、酒呑童子の力を受け継ぐ子どもが救世主だと考える彼らは、しばしば平穏な暮らしを望む里人たちと対峙した。対峙は諍いを生み、やがて回帰派と呼ばれる者たちは里を出て行った。

 しかし時が経ち、酒呑童子回帰派は拡大を続けている。有能でリーダーシップもある者を主として酒呑童子がかつて閉じ込められた洞窟を根城とし、隠れ里を監視して酒呑童子に最も近い力を持つ赤子を探し続けた。そして現在、秘匿となった秘翠がそれに値するとして、紀花たちに狙われるに至ったのである。

 これは、浪たちにとっても頭の痛い問題だ。何故なら、浪にとって秘匿は里の守り人的存在であり、閉じ込めることで里を護る者であるからだ。通例であり、疑問に思ったこともないはずだった。

 それでも浪が鵺と茨を差し向けたのは、秘翠を取り戻すというただ一点に置いて碧と目的を同じくしたことに原因がある。一時休戦というわけである。


「さあ、やっちまおうぜ。鵺」

「茨、やり過ぎるなよ」


 二人は互いの目を確認し合い、同時に飛び出した。




 鵺たちの戦闘音がわずかに聞こえる。碧はようやく足を止め、乾いた喉に唾液を飲み込んで顔を上げた。


「これは……城?」


 碧の目の前に現れたのは、巨大としか言いようのない巨城。岩石で覆われた洞窟内にあって、何処からか射し込む日の光に照らされた壁は硬質な灰色だ。洞窟に埋め込まれるようにして建つ戦国の山城のようなそれは、戦うための城だった。


「この何処かに、秘翠がいるのか?」

「おや、ここまで辿り着いたのか」

「!?」


 声のした方向に碧が視線を上げると、城の二階部分で柵から身を乗り出す一人の女が笑っていた。彼女こそ酒呑童子回帰派のリーダー、紀花である。


「よっ」


 軽い掛け声と共に城から飛び降りた紀花は、碧のすぐ前に着地する。


「ようやく来たか、王子様。待ちかねたぞ?」

「あんたに待たれる覚えはないが。秘翠を返してもらおうか?」

「おやおや、怖い顔してるな。そして、残念ながら『はい、どうぞ』と返すわけにはいかないんだよね」


 クスクスと嗤う紀花は、その細く白い指先を碧の顎に沿わせた。つ、と碧の顔を上に向かせ、妖艶に微笑む。


「秘匿を奪いたくば、私を諦めさせてみせな!」

「……必ず、取り戻す」

「私も、諦めるわけにはいかない!」


 碧が太刀を抜き、紀花は大鎌を軽々と振り被る。風も吹かない洞窟の心臓部であるにもかかわらず、砂塵が舞った。


「くっ」

「はあっ」


 二つの刃物が真正面からぶつかり、火花が散る。ぶつかり合いは一度で終わらず、連続で二度三度と繰り返される。その度に赤や金に光る火花が洞窟を照らし、そこに星が瞬いているようにすら見える。


「――っ」


 しかし、この戦いはそんな優雅なものではない。大鎌の切っ先が碧の二の腕を裂き、碧は怯むことなく太刀で弾き返す。そして紀花との距離を一気に詰めると、太刀を袈裟懸けに振り下ろした。


「ふっ」

「っ。まだまだだ!」


 紀花の長く艶やかな髪が三分の一程束で切り離され、ばらけて落ちる。既に汗と土ぼこりでぐしゃぐしゃになりながら、紀花の攻勢は続く。

 大鎌がフルスイングされ、碧は間一髪でそれを躱す。鎌はその遠心力を利用して二度目の襲撃を試みた。


「うわっ」


 碧はズボンの生地を犠牲にして躱すと、三度襲い掛かって来る大鎌に太刀の刃を噛み合わせた。ずどん、と重い衝撃が腹に伝わり、碧は「ぐ」と呻く。

 冷汗か脂汗かもわからない液体を体中から滴り落とす碧を間近で見、紀花の唇に笑みが浮かぶ。自分にはまだ余裕があり、この少年は虫の息だとわかった。


「力業で私に勝とうって言うの? 気概は認めるけれど、私がこの大鎌を扱っている意味を知っていて?」

「黙れ!」


 碧は獣のように唸り、太刀を握る手に力を更に籠める。指がわななき、現代高校生の限界をとうの昔に過ぎた体が軋む。それでも抗い続ける碧は、歯を食い縛り大鎌の圧を押し返そうと必死だった。


「……どうして、そこまでして他人を思う? 私たちが夢見るのは、鬼一族の理想郷。人に危害を加えるつもりは毛頭ない。ただ、怯えず堂々と生きる世界を創りたいだけだ。何もしなければ、かかわらなければ、お前はきっと何も知らずに日常を送れたはずだが」

「そう、かもしれないけどな」


 碧の心に浮かぶのは、滝壺で水圧に抗うことなく沈んでいく秘翠の姿。生きる意味も理由も失った少女の水面の光に照らされた姿だ。そして、共に過ごすようになって、彼女は良く笑うようになった。ほんの少しのことで笑みを浮かべ、少しずつ心を開いてくれた秘翠のことを、碧はいつしか特別な存在として想うようになっていく。

 それが碧にとっては驚きであり、こそばゆい変化。そして、一度知ってしまったが為に戻ることの出来ない現実だ。


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