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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第6章 約束の果て
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第32話 贖罪

「……」

「……」


 ただ黙々と山道を歩き続ける碧と鈴女。迷う様子を一切見せない鈴女に感心しながらも、碧は走り出したい衝動を抑え込みながら歩いていた。

 やがて山道は険しさを増し、崖を上り、沢を渡った。山奥の川は水源が近いということもあってか、浅く細い流れがとつとつと続いている。時には谷の傍を歩き、碧は足下に気を付けて正面を向き続けた。

 前に進むにつれ、碧の中である種の確信が生まれようとしていた。それは何の根拠もないものではあったが、碧にとっては確かなものだ。


(この先に、秘翠がいる。そんな気がする)


 碧たちが鬱蒼とした山道を抜け出した時、目の前には洞窟が大きな口を開けていた。頑強岩がそこらに散らばり、洞窟の入口は何者かによって傷付けられたかのように不自然な傷を有している。

 鈴女の足は洞窟の入口で止まり、くるりと碧を振り返った。そして、緊張の面持ちで口を開く。


「わたしが案内出来るのは、ここまでです。この洞窟の先、何があるのかはわたしにもわかりません。ですが、回帰派の根城があることは確実。……それでも、進まれますか?」

「勿論。ここまで案内してくれて、感謝する」

「いえ。ご武運を」


 鈴女に見送られ、碧は洞窟への一歩を踏み出そうとした。しかしふと立ち止まり、鈴女に問いかける。


「そういえば、何であんたは俺をここまで案内してくれたんだ? 俺と秘翠を引き離して里に秘翠を帰らせるのが目的なら、ここで俺ではなくて鵺や茨を差し向ければ良いだけの話だろう? 俺のことは、あの滝で知らぬ存ぜぬを決め込めばよかったんだ」

「確かに、そういう対応も出来ました。しかし、それでは里の皆の意向には沿っても、わたし自身の願いには反するのです」

「願い?」


 碧が首を傾げると、鈴女は頷く。そして、彼女は「これは贖罪でもあります」と呟いて言葉を続けた。


「わたしは世話役としてお傍にいながら、一度も本当に秘翠様は幸せなのかと考えたことはありませんでした。里のため、秘匿は閉じ込め生涯を過ごさせなければならないと信じていましたから。それに、秘匿を封じるために力を使ったおばあ様は亡くなってしまいましたし、恨む気持ちもないわけではありませんでしたから」


 感情の上下なく淡々と話していた鈴女は、ふと碧を見て微笑んだ。


「ですが、あなたと過ごす秘翠様は本当に楽しそうで、あんな顔を見たことはなかった。鵺や茨からの報告を聞き、思い知らされました。だから……今度こそ、世話役としての務めを果たすべきだと考えたのです」

「その世話役の務めっていうのが、俺の案内か?」

「本来、世話役は秘匿の傍を離れてはなりません。しかし、わたしはそれを果せなかった。あの方のことをよく知りもせずに恐れ、距離を取っていたのです。ですが、あなた様は違います。あなた様は秘翠様に必要な方です。どうか、あの方を助けて下さい。……そして、回帰派の思惑を止めて頂きたいのです」

「俺の出来得る限りを賭けて、俺は秘翠との約束を守る」


 鈴女の思いを受け止めた上で、碧は再び行く手を向いた。もう振り返ることはせず、ただ暗がりの中へと足を踏み入る。

 碧が洞窟に立ち入ると、待っていたかのように通路の両側の壁に取り付けられた燭台に火が灯る。人一人がようやく通ることの出来る広さしかない細長い道を注意深く進み、碧は蝋燭に導かれて広い場所に出た。サッカーくらいならば出来そうな空間だ。ここまで順調だったが、この後はどうか。碧が薄暗い道の先に目を凝らすと、不意に松明の明かりが目に飛び込んで来た。

 松明は一つではない。二つ、三つと増えていく。

 碧は腰の太刀の柄を持ち、鋭く誰何した。


「何者だ?」

「それはこちらの台詞。お前は、鬼の一族ではないな? どうやってここを知った」

「ここは何よりも神聖な場。たかが人の分際で穢すとは、見過ごせん!」


 威勢よく誰何を返してきたのは、手に武器を持った男たちだ。しかも剣や槍、弓矢といった戦場で使うような武器ばかり。それらの武器は全て、たった一人、碧に向いている。

 その男たちの内、一人が他を制して前に進み出た。紀花を主と崇め尊ぶあの男である。


「お前は、我らの宿願を阻む存在だと紀花様はおっしゃった」

「紀花? ……なら、やっぱりここは酒呑童子回帰派の!」


 碧が紀花と酒呑童子を呼び捨てにした途端、男――狐里の眉間に深いしわが刻まれた。怒りに震える拳を握り締め、鋭い眼光で碧を睨みつける。


「酒呑童子様の力を受け継ぐ娘を取り返しに来たのか? 残念だが、お前はわたしたちによってこの地で果てるのだ!」


 狐里の叫びを聞くやいなや、武器を手にした男たちが碧に襲い掛かる。


「死ねぇッ」

「ふざけんな!」


 振り下ろされた斧を間一髪で躱し、碧は剣を弾き返す。更に突き出された槍を体を逸らすことで避け、一度後退して敵全体を把握する。


(敵、十五名くらいか。……一人で全て倒して先へ進むとなると、骨が折れるな)


 しかも、碧は万全の体調ではない。一つ武器を弾く度に傷が疼き、奥歯を食い縛る。


「――くっ」

「おやおや、威勢が良い割には動きが鈍いな? 怪我でもしているのだろうが、残念ながら私たちはお前の怪我の完治を待つことはないぞ!」

「待つ必要なんかない! 秘翠を返せ!」


 孤里の煽りをそのまま受け、碧は太刀を振るう。


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