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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第5章 少女の由縁
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第28話 ごめんなさい

 自宅の玄関先では、二人の帰りを今か今かと待ちわびていた未来が立っている。未来は秘翠と碧の姿が街灯に照らされたのを見ると、必死の形相で駆けて来た。


「秘翠さんっ、兄さん!」

「あ……未来、ちゃん」


 未来の顔を見た途端、秘翠は体の力が抜けそうになった。何とか持ち直し、碧の体を支え続ける。そんな秘翠を見て、未来は安堵の笑みを浮かべた。


「よかった、帰って来てくれて」

「うん。未来ちゃん、碧くんをお願いしても?」

「勿論。部屋に連れて行って、手当てしないとね。お母さんたちも起きて来たし、手伝ってもらおう。秘翠さんも、手伝ってよ?」

「……うん」


 一瞬、秘翠は返答に詰まった。それはほんの数秒のことであり、未来は気付かず秘翠の反対側から碧を支えて玄関に向かって歩いて行く。すぐに顔を青くした和佐と雄青が飛び出してきて、雄青が碧を抱えて階段を上って行った。

 和佐と未来が消毒薬や包帯、傷口を洗うための水を用意している間に、雄青と秘翠は碧の部屋で彼をベッドに横たえていた。

 じっと碧の傍に膝をつき見詰める秘翠に、雄青は優しく語り掛ける。


「秘翠ちゃん、碧の傍にいてやってくれないかい? 僕は、下で和佐たちを手伝って来るから」

「それならわたしも」


 立ち上がろうとした秘翠だが、雄青がやんわりと彼女の体を押し戻す。秘翠は気付いていないが、彼女の足が震えていた。


「きみは、碧の傍に。きっと碧は、誰よりもきみに傍にいて欲しいと思っているはずだから」

「……はい」

「大丈夫。碧は必ず目覚める」


 殊勝に頷く秘翠の頭を撫で、雄青は碧の部屋を出て行った。そして宣言通り、階段を下りて行く音が聞こえる。

 雄青の足音が聞こえなくなってから、秘翠は碧の顔に向かってゆっくりと手を伸ばす。自分の手が震えていることを自覚しながら、規則正しい寝息をたて眠る碧の青白い頬に右手を添えた。


「ごめんなさい、碧くん。わたし、あなたが心配で、居ても立っても居られなくて。でも、自分の力の制御すら出来ないで、一番護りたいはずのあなたを傷付けてしまった。……ごめんなさい」


 秘翠が結界に飛び込んだのは、碧と茨が消えた後を鵺が追って行ったからだ。鵺は渡辺家宅の前で立ち竦む秘翠たちを一瞥し、そのまま走り去った。その時、秘翠は未来に止められるのも聞かず、突発的に駆け出した。

 ただ、碧を護りたい。それだけを思って走っていたのだ。

 しかし結果として残ったのは、重傷の碧。そして、力の制御を果せずに碧を傷付け落ち込む秘翠だけだ。

 秘翠は眠る碧の顔を見下ろし、涙を流しながら呟くことしか出来なかった。


「――ごめんなさい」




 同じ時、碧はしとしとと透明な雨の降る暗闇で目を覚ました。それが夢の中であることは、体の痛みが全くないことから察せられた。そして、雨と共に降り注ぐ悲しげな少女の声。


「何が、『ごめんなさい』だ。……また、泣かせた。謝らないといけないのは、俺の方だっていうのに」


 降り続く雨は、秘翠の涙だろう。そして、聞こえるか細い声は、秘翠の言葉だ。彼女は碧を傷付けた責任を重く感じ、傍にいてくれているのだろう。

 だからこそ、早く目覚めて安心させたい。碧は切に願いながらも、それがすぐには叶わないとわかっていた。


「どんなに願っても、きっと傷がある程度癒えるまでは目覚められない。……早く、あいつの涙を止めたいのに。拭いたいのに。何で、手を伸ばせないんだ」


 手のひらに爪の跡が残るほど、碧は拳を握り締める。それでも痛みはなく、碧は雨が降り注ぐその真っ暗な上空を見上げた。優しい雨が、碧の頬を伝う。


「……秘翠」


 秘翠がいるであろう上空に、碧は手を伸ばす。触れられるわけもないが、ただ碧は秘翠に触れたかった。彼女に触れて、大丈夫だと笑ってやりたかった。それが出来ないことは、碧にとってとても心苦しい。

 秘翠の鳴き声が聞こえる気がして、碧は眉を歪めた。


「泣くなよ、秘翠」


 碧の呟きに呼応するかのように、彼を取り巻く闇が白と混ざっていく。ぼやけて、霧のように碧を取り巻いていった。

 ぼやけた闇は、目覚めの合図。碧はその揺らぐ世界に身を任せ、再び眠りに落ちていった。

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