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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第5章 少女の由縁
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第25話 援軍

「ようやく見付けたんだ。……全力で殺す!」


 その叫びに呼応するかのように、茨の周辺に茂っていた雑草が急成長する。成長は伝染し、碧が立っている場所に生える植物も伸び、碧の足や体を捕らえようと蠢く。


「何ッ。くそ、離せ!」


 碧の太刀が何本もの植物を斬るが、後から後からどんどんと別のものが伸びて絡みつく。焦れば焦るほど事態は悪化し、やがて碧が太刀を持つ手首が囚われた。それを皮切りに、碧を覆い尽くすかのように植物が殺到し、磔にされてしまう。

 首、手首、腰、足首。それぞれを草でがんじがらめにされ、碧は動けない。

 茨が指を鳴らすと、碧の首に巻き付いていた蔓がその力を増し、締め付けてくる。


「ぐっ……」

「ほらほら。降参しないと死ぬぞ?」

「ぜっ……たい、するもん、か! ……がっ」

「……強がれるのも、あとどれくらいかな」


 明らかにつまらそうな顔をして、茨は碧の前に胡坐をかく。絶対に蔓が解かれることはないという自信と共に、茨には折角見付けた好敵手が「こんなものだったのか」という落胆があった。


「息が出来なきゃ、死ぬだけだ。精々、オレと鵺の手で秘匿を取り返されるのを悔やんでろ」


 そう呟くと、茨は「よっ」と声を出して立ち上がる。

 そのまま結界の外に出て行こうとする茨を、碧は遠退きかける意識の中、見詰めることしか出来ないでいた。あと数歩歩けば、茨が結界から出て行く、そのタイミング。

 碧の中で、生きたいと願う強い力が別の力を生む。


(夜切、力を貸してくれ。俺は、俺はこんなところで死ねない。……秘翠との約束を守りたい。だって――)


 碧の呼びかけに、夜切が呼応する。淡く炎を噴いたかと思えば、その炎は徐々に鮮明に、大きくなっていく。


「何だ? ……うわっ」


 何かの力の発現を感じて武者震いした茨が、ぐるりと振り返る。そして、碧の手に握られた太刀が燃え盛り、碧を拘束している蔓を焼き切っている様を目の当たりにした。


「……っ、俺は」

「何で」


 蒼白だった碧の顔色が戻り、手足が自由になる。そして空中から地面に着地すると、碧は数回だけ咳をした。


「コホッ。……やってくれたな、茨」

「くっ。どうやってあの磔から逃げ出せた!?」


 驚く茨に向かって太刀を構えると、碧は太刀の青い炎の火力を強める。火力は、そのまま碧の気力であり、想いの強さだ。


「負けたくない。お前らからあいつを護れないなんて、絶対嫌だからな」

「くそっ」


 碧に対抗し、茨も再び植物の太刀を作り出す。しかし十字架を作るまでに力を消耗させてしまい、伸び縮み自在な太刀にはならない。

 燃える太刀と植物の太刀。その明暗は明らかだ。


「っ、はあっ!」

「やられるかよ!」


 二つの刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 植物で作られたとはいえ、茨の刃は簡単には燃えない。しかし何十回と斬り合ううちに、徐々にほころびが生じ始める。

 ザクッという小さな音がした時、茨の太刀の刃が欠けていた。斬り捨てられた切っ先は、力を失いただの草へとなり果てる。


「ちっ」


 茨はささくれ立った太刀を見て、不利を一瞬にして悟った。碧と目を合わせたまま、後方へと跳び下がろうとする。


「逃がさない!」


 勿論碧は茨の後を追い、走り出す。体中の傷が痛みを訴え悲鳴を上げるが、ここで逃がせば秘翠のもとに彼らが行く可能性が高い。この異空間に閉じ込められたままそれを許すなど、碧自身が許せないではないか。

 碧は槍の投擲でもするように太刀を振りかぶり、逃げようとする茨の背中に向かって振り下ろす。二人の距離は十数メートルあるが、その距離を一筋の光が駆け抜ける。


「……っ」


 ゴウッという強風を背後に感じ、茨は振り向かずに駆けるスピードを上げた。しかし、確実に茨をしとめようとする太刀筋が迫る。

 万事休すか。そう茨が覚悟した時、結界の壁がぐにゃりと一部捻じ曲がった。


「……何をしているんだ、茨」

「鵺、助かっ……痛っ」

「全く。重い」


 唖然とした茨を担いで太刀筋から救った鵺は、容赦なく茨を地面に落とす。そして文句を言う茨を無視し、驚愕を顔に貼りつけている碧と対峙した。


「どうして、お前まで」

「どうして? 結界に関しては、茨よりも私の方がうまく扱えるのでね。……このように」

「っ」


 上空から殺気を感じた碧がその場を跳び退くと、影で創られた四つ足の獣が下り立った。太い爪と牙を持つ獣は、音もなく碧に向かって跳ぶ。しかも確実に碧の喉を狙って。


「――っ、はっ」

 息を吸う時間さえ惜しい。碧は太刀の石突を獣の額にぶつけ、獣が怯んだ隙に腹を蹴り飛ばした。


「ギャンッ」

「やはり、あなたは危険だ。一頭では、あまりにも失礼だったようだな」


 バウンドし、地面に伸びてしまった影の獣。その姿を一瞥した鵺は、指を鳴らして獣を煙のように消してしまう。そして、満身創痍で自分に太刀を向ける碧に目を向ける。


「最低でも、三頭は必要か」

「ふざ、けんな」


 傷の痛みで意識を保っている碧は、無傷の鵺の呟きに悪態をついた。これ以上戦闘を重ねれば、何もかもがもたないことは彼自身がわかっている。

 しかし、碧の思いなど鵺は意に介さない。早速三頭の影の獣を創り出し、命じた。


「―――あの者を噛み殺せ」

「帰ってみせる!」


 残酷な宣告と抗う意志。その二つが今まさにぶつかり合おうとした瞬間、茨の困惑に満ちた声が響いた。


「な、何だあれ!?」

「っ!」

「は? 空が、翠……」


 思わず顔を上げた碧の首筋と胸、足を狙った獣が音もなく飛び掛かる。しかし、その牙が獲物に届くことはなかった。


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