第24話 本気の殺し合い
「随分と、用心深いな」
碧が自宅から数百メートル離れた空き地で茨を迎え撃とうと立ち止まった時、屋根から跳び下りて来た茨が口を開いた。
茨としては、あの場で碧も未来も仕留めてしまいたかった。ある程度近所で騒ぎになろうが、鬼である茨には関係がない。更に奥の手もあるため、後日探られる心配もない。そんなことよりも、回帰派より先に秘匿を里に連れ戻さなければという使命感が強いのだ。
「……」
碧はあえて茨の問いには答えず、太刀を構えて頷いて見せる。この空き地ならば、周囲の住宅は空き家が多い。少々暴れたとしても、人に怪我をさせる心配は少ないのだ。本当は森や林の中、人工物のない場所が好ましいが仕方がない。
茨も碧の首肯の意味を正確に察した。しかし彼が取った行動は、碧の予想の斜め上だ。
「――知ってたか? 鬼ってのは、こういうことも出来るんだぜ?」
「えっ」
碧の前に音もなく飛び降りた茨が、彼の目の前で手を開く。思わず目を閉じた碧は、自分が立つ空間がグニャリと曲がった気がした。
思わずよろける碧の傍を離れ、茨は低く笑う。
「――ふっ。ここが戦場なら、既にお前は死んでたな。甘いんだよ、坊ちゃんが」
「っ、貴様! ――は?」
ダンッと地面を踏み締め顔を上げた碧は、周囲の変化に目を丸くした。
空き地を囲んでいた家々は影となり、その外側の空間はマーブル模様のような不可思議なもので覆われている。所謂異空間と言って差し支えないその場所で、碧は息を呑む。
「これは……」
「驚いたか? 鵺ほどじゃねえが、オレにも『結界』くらいは張れるんだよ」
「『結界』。……つまり、この中ならどれだけ暴れようと外に影響はないってことだな?」
「理解が早くて助かるよ。そういうこと、だッ」
言うが早いか、茨のズボンのポケットから取り出された種が急成長を遂げる。うようよと自在に動くその植物は、鋭い棘を全身にまとわせた蔓状のものだ。その植物は茨の気合と共にその蔓を伸ばし、刃となって碧を襲う。
「ちいっ」
碧もやられっぱなしではない。確実に蔓の動きを見極め、捌いていく。右、左、下、左上。やがて蔓が三本に枝分かれしても、その動きに躊躇はない。一本の棘が碧の左足首に直撃し、鮮血が飛ぶ。それでも碧は止まらず、右足を軸に攻撃を弾き切った。
千切れ飛んだ蔓の破片を拾い、茨は小さく笑う。
「貴様、なかなかやるな」
「……今度こそ、諦めてもらうぞ。茨」
碧は努めて冷静に、茨に告げた。しかし肩から息をし、息も絶え絶えだ。普通の人間に出来る動きを超えたそれは、碧を確実に蝕んでいる。更に紀花との戦闘で負った傷も完全には癒えていない。
茨が碧の青白い顔に気付かずにいるわけがない。茨はニヤリと嗤うと、碧の宣言に対する回答を発した。
「否、と応じておこう。オレたちにも、決して退けない理由があるんでな!」
「だとしてもだ!」
「諦めるのはお前の方だ、綱の魂を繋ぐ者よ」
「嫌だ!」
茨の手にあった新たな種が成長し、太刀に似た形となる。それを用い、茨は急接近してきた碧の太刀を捌き、躱す。
植物の太刀は刃の形を変え、一度距離を取った碧の胸を目掛けて突き出される。
それを、胸を逸らせて紙一重で躱し、碧はバク転の要領で着地した。更に着地した勢いを殺さず利用し、反対に茨の懐を目指す。
「だぁっ」
「くっ」
茨は、まさか碧が懐に入ってこようとするとは思いもしない。ぎょっとして、慌てて植物を引き寄せ防御する。蔓を絡ませ盾を作り、蔓数本を犠牲に自分の身を守った。
しかも蔓に生えた棘が碧の腕を傷付け、痛みに碧は顔を歪める。
碧は一旦距離を取り、しかし諦めることなく茨に立ち向かう。
何度防がれようと、碧は諦めるそぶりを見せない。やがて紀花との戦闘での傷が開き、包帯を赤く染め、そのしみがシャツに写る。痛みが体を貫くが、碧の攻撃は止まない。
その驚異的な諦めの悪さに、茨は一種の恐れを覚え始めていた。蔓は絶え間なく碧を痛めつけ、血だらけにしているのにもかかわらず。
(何で、諦めない? これだけ痛めつけられて、何であんなに真っ直ぐな目で戦い続けられるんだ!?)
まさか茨がそんなことを思っているとは思わず、碧は頬に出来た傷を手の甲で拭い茨を直視した。汗が傷に入り、ピリッとした痛みを発する。だからこそ、諦めない気持ちを思い出す。
「――っ、どうした? まだ俺はおまえを倒すことを諦めてなんかないぞ!」
「知ってらぁ!」
茨は歯を食い縛ると、碧に傷付けられた腕に力を入れる。血が一筋流れるが、そんなものは痛みの内に入らない。やっと見付けたのだ。本気で殺し合いが出来るかもしれない相手を。




