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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第5章 少女の由縁
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第22話 酒呑童子の昔話

 二口目は流石に羞恥心が勝り、碧は上半身を起こして器と匙をひったくった。おいしそうに雑炊を食べる碧にほっとした秘翠は、あのねと問いかける。


「食べ終わったら、わたしの話、聞いてくれる?」

「? ああ」


 雑炊をかき込んだ碧から器を受け取りキッチンに持っていた秘翠は、戻って来るとベッドの傍の椅子に腰を下ろした。


「それで、話って?」


 深刻な顔をして俯く秘翠に、碧は話すよう促す。すると秘翠は、ぎゅっと膝の上の手を握り締めた。


「……最初に、謝らないと。こんなになるまで戦わせて、ごめんなさい。相手は、『酒呑童子回帰派』だったんでしょう?」

「謝らなくて良いよ、頭上げて。……確か、紀花っていう女の人だった。自分のことを『酒呑童子様の再来を願い、日夜祈りを欠かさぬ者』って言っていたけど、あれのことか?」

「そう。祖先である酒呑童子を崇め、鬼一族のための世界を創ろうと動く者たちのこと。紀花は、そのリーダーだって聞いたことがある」

「あれ、が」


 思い出すのは、とんでもなく強い大鎌使いの女性だということ。碧が痛めつけられた鳩尾をさすると、秘翠は泣きそうな顔で彼の手に自分の手を重ねた。ハッと顔を上げる碧に微笑みかけ、秘翠は言葉を続ける。


「彼らが求めるのは、酒呑童子の力をそのまま受け継いだ秘匿。わたしは……その条件に当てはまるらしいの」

「条件? 酒呑童子の力をそのまま受け継いだってことか?」

「……」


 無言で頷いた秘翠は、ゆっくりとした調子で昔話を始めた。


「昔々、酒呑童子という子どもがいました。彼は普通の人とは違う所があって、誰よりも力が強くて、しかもその力を自分で制御することは出来ませんでした」


 酒呑童子の異常な力は、彼が生まれた直後に発現した。泣けば周りのものを全て吹き飛ばし、破壊した。それが自宅であろうが神聖な社であろうがお構いなしだ。

 弱り切った家族や村人たちは、幼い酒呑童子を村外れの洞窟に幽閉し、日毎の食事だけを運ぶようになった。洞窟は頑強な造りで、酒呑童子が幾ら泣き喚こうとびくともしない。


「やがて成長してからも、酒呑童子は幽閉され続けました。しかし彼の強大な力に惹かれた者たちが洞窟に集まるようになり、やがて洞窟を出て生まれた村を破壊しました。村は山城へと造り変えられ……その後のことは伝説の通り」

「源頼光たちに討ち取られた」

「そう。でもね、正式には伝わっていない話が幾つかあって。……酒呑童子は、生涯ただ一度だけ恋をしていたらしいの」

「恋?」


 酒呑童子が恋をしていた。その意外性に驚き、碧は声を上げる。すると秘翠も「意外でしょ」と笑った。


「毎日の食事を届けていたのが、村の女性だったんだって。五つは年上で、血縁でもなくて。ただ幼い子どもを閉じ込めておく村の方針に少しでも抗いたくて、きっとその人は酒呑童子に食事を届けていたんだろうなって思う」

「その人は、どうなったんだ? 物語なんかにも全く出て来ないだろ」

「うん……」


 碧の問いに、秘翠は目を伏せる。その仕草から碧は結末を察したが、秘翠は最後まで言葉にした。


「殺されたんだって。酒呑童子が洞窟を脱出したその日に」

「童子と仲良くしていたから、手引きしたのはお前だろうってことか」

「ん……」


 浅く頷くと、秘翠は「だからね」と呟く。


「酒呑童子の力は、悲しみが原動力なんだと思う。家族に捨てられた悲しみ、好きになった人を喪った悲しみ。もしもその娘さんが殺されていなかったら、酒呑童子の行く末も変わっていたかもしれない」

「悲しみ、か」


 幼い頃から異能を持つがために疎まれ、恐れられた酒呑童子。彼を受け入れた娘はそれを罪として殺され、童子の道は折れ曲がった。

 碧はそんな酒呑童子の境遇を想像し、それから隣で話をしている秘翠に目をやった。彼女がこの話をしたということは、どういうことなのか。その意味を真剣に考え、碧は「大丈夫だよ」と笑う。


「え?」

「秘翠の力が元々は悲しみを原動力にしていたとして、それが今を生きる秘翠が悲しむべき理由にはならない。何度も泣かせてるから説得力はないけど……俺が、絶対護るから。だから、俺が怪我したことを自分のせいだって責めないで」

「碧くん」

「俺は、俺がしたいことをしているだけだから。だから、秘翠に失わせはしないよ。大事なもの、全部」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして」


 にっこりと微笑んだ碧に、秘翠も笑顔を返す。そして、何度でも決意する。秘翠自身が護りたい存在、何よりも護りたい人を護ろうと。


(わたしの護りたい人は、碧くんだから)


 秘翠にとって、恋はまだ理解出来ない感情だ。封じられていた期間が長い秘翠は、まだまだ世間知らず。現代日本人の一般的な生活知識は備わって来たが、自分のことが一番わからない。


(例えば、何で碧くんと一緒にいると胸が苦しくなるんだろう……?)


 二人が今交えているのは所謂世間話であり、息が切れる要素はない。碧の学校でのこと、秘翠がその間に何をしているのかということ。自らの命を守るための戦いの最中だが、秘翠はただ、この穏やかな時間が好ましいと感じていた。


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