第20話 夜切覚醒
月光に照らされた紀花は、戦姫のように見えた。更に大鎌を振るう姿は、冷酷な美しさを兼ね備えている。
このままでは、やられる。碧は歯を食い縛って足に力を入れると、自宅に置きっぱなしになっている太刀を強く念じた。非現実的だとはわかっていたが、紀花の大鎌に対抗する手段は一つしかない。
(太刀・夜切。俺を主と認めるなら、ここに来い!)
碧は手に夜切を持つ感覚をイメージする。すると徐々に拳の中が熱くなり、柄が現れた。更に刀身が出現し、間一髪で大鎌の刃を弾き返すことに成功する。
キンッと金属音が響き、火花が散った。
紀花は思いも寄らなかった反撃を受け、警戒して距離を取る。トントーンと跳ぶように退き、碧を見詰めた。
「それは……太刀?」
「鬼を斬るための太刀だ。昔、俺の祖先が酒呑童子退治の時に用いた太刀の写し。つまり、お前たち鬼の一族を斬るための武器だ」
「へえ。あんたも祖先と同じってわけね。なら余計に……秘匿は渡してもらう!」
「絶対に嫌だ!」
火花が弾け、夜闇を照らす。碧と紀花は何度となく刃をぶつけ合い、紙一重で躱し合う。碧の太刀が紀花の長い髪の先を散らせ、紀花の鎌の切っ先で碧の二の腕が傷付く。
パッと傷口から血が舞い、激痛が碧を襲った。動きを鈍らせた碧の鳩尾を大鎌の石突が突き上げ、吹き飛ばす。ゴミ捨て場に放り込まれた碧は、歯を食い縛った。
「ぐっ」
「あははっ。浅いと思った? 意外と斬れるんだよ、この鎌はね」
「ちいっ」
ゴミ袋を撥ね退け、碧は地を蹴る。アドレナリンが大量放出されているのか、痛みは動けない程ではない。
(帰れたら、絶対怒られるな)
自宅で待っているであろう秘翠と未来の顔を思い浮かべ、碧は心の中で先に謝る。しかしそんなことを考えている暇は、その瞬間与えられない。
「よそ見している暇なんてあるのかいっ!?」
紀花の力づくの攻撃に、建物の壁が粉砕されてコンクリートが弾け飛ぶ。そのコンクリートから身を護るために腕を交差させた碧は、続く紀花の拳をもろに腹に受けた。
「ぐあっ」
「こんなものか、姫君の騎士よ」
首を掴まれ、碧は壁に押し付けられる。太刀を振るう力が残っておらず、どうにかこうにか太刀を手放さずにいられる状態だ。無抵抗の碧をつまらないと感じ、紀花はため息をついて、碧を解放する。
ずるずると力なく倒れ込む碧の首筋に、大鎌の切っ先が添う。
「――死ね」
月光に大鎌が閃いた時、碧の瞳に力が宿った。彼の瞳の中に太刀と同じ青い光を見て、紀花が怯む。
「だあぁぁぁっ」
その隙を突き、碧は渾身の力を籠めて夜切を振るった。太刀は怯んだ紀花の大鎌を撥ね飛ばし、更にそれに気を取られた彼女の首筋に刃が向けられる。
荒い息をして、碧は紀花を今度は壁際まで追い詰めた。彼女の手元に大鎌はなく、離れた所に落ちたカツンという音が聞こえた。
碧は太刀を持つ手に力を入れ、紀花の首の薄皮を傷付ける間際で手を止める。
「これで、終わり、だ」
「……成程ね。今日の所は完敗だ」
そう言うが早いか、紀花はとんっと軽く碧を突き飛ばす。予期せぬ行動に碧は自身の体のバランスを失い、尻もちをついた。
「じゃあな。姫君の騎士くん」
「――っ、待て!」
碧が急いで立ち上がった時には、既に紀花の姿は闇に消えていた。
「……帰らないと。心配してる」
追うべき者を見失い、碧はようやく軽く息をつく。しかし油断は禁物と、神経を尖らせたままで人目につかないよう帰路についた。
「紀花様ッ」
「五月蠅いよ、少し静かにしておくれ」
「ですが……」
碧との戦闘から数十分後、紀花は拠点に戻り休んでいた。紀花の帰りに気付いた側近の男が、顔を青くして駆け寄る。それを軽くいなし、紀花は「ふうっ」とため息をついた。
(怪我は深くない。これまでの歴戦に比べればどうということもないが……、あの力は)
「あの、紀花様?」
深く考え込んでいた紀花を案じ、男は白湯を差し出してきた。それを礼を言って受け取ると、紀花は一気に白湯をあおる。
「――っは。私たちの脅威となり得る者が、秘匿の傍にいる。あいつを殺さない限り、私たちの目的は達せられない。……狐里」
「はっ」
「秘匿を手に入れるため、あの少年を殺す。来るべき時のため、手伝え」
「承知致しました、紀花様」
深々と頭を下げた孤里が去るのを見届け、紀花は天井を仰ぐ。そして、痛みを訴える手首を押さえ、ククッと嗤った。
「面白い。彼を喪えば、秘匿の姫は私のものね」
願いを叶えるためならば、困難があってしかるべき。紀花は楽しげに肩を震わせると、高笑いで空気を震わせた。




