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秘匿の鬼姫  作者: 長月そら葉
第1章 鬼の一族
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第1話 いにしえの物語

 今から千年程前の平安時代、源頼光みなもとのよりみつと彼の配下である四天王によって、酒呑童子(しゅてんどうじ)は倒された。それ以来、鬼の一族は人々の目から隠れて暮らし、細々と命を繋いでいる。

 酒呑童子とは、京都の大江山に子分たちと共に住んでいたという鬼のことだ。彼は山を下り、近隣の村から美しい娘や宝物を奪い、人々に恐れられていたのだと言われている。怯え暮らす人々を救うべく、朝廷より派遣されたのが源頼光たちだった。

 鬼の一族は、そんな酒呑童子と同じ一族の者たちのこと。中には彼と血を分けた者も存在し、力を持たない人々からは恐れと疎みの対象として見られるようになっていったのだ。


 酒呑童子退治から約千年。鬼の一族は激減し、今や隠れ里に住む者たちは数百人程かと思われる。人口の減少は一族存続の危機であり、大人たちは特に神経を尖らせていた。

 鬼の一族には、数百年に一度、酒呑童子の力を受け継いだ特別な赤ん坊が生を受ける。その特別な力は『秘匿ひとく』と呼ばれ、力を受け継いだ者も同様に呼ばれた。

 『秘匿』と呼ばれた子は、同族にすら恐れられて忌み嫌われ、社の本殿に幽閉される運命にあった。何故ならば、酒呑童子が残した悔恨の力は強過ぎて鬼たちすらも傷付けるものだったからだ。更にもしも大きな力を持つ鬼がいると里の外の者に知られれば、今度こそ鬼の一族は滅亡する。そんな懸念もあっただろう。

 千年もの間、『秘匿』の力を受け継いだ者は隠れ里の歴史から抹消され、密やかに苦しい一生を終えた。今回もそのはずだった。


 時代は、現代。スマートフォンを持つことが当たり前の世界で、本殿に十年間閉じ込められ続ける少女がいた。彼女の名は、秘翠ひすい

 秘翠は歴代の『秘匿』の中でも最強クラスの力を継承したため、六歳の時に両親に捨てられ社に封じられた。しかし十年後、封じていた巫女が老衰で命を落としたことにより、秘翠は目を覚ます。

 十年ぶりに目覚めた秘翠にとって、世界は目新しく眩しいものであるはずだった。しかし現実は『秘匿』の運命そのままに、社にて幽閉され続けている。日に二度世話役が食事を持って来ること、日に六度は見張り役が覗きに来ることを除けば、秘翠はただ本殿の木目とにらめっこするしかすることがない。もしくは少ない家具の中の本棚に手を伸ばし、文章をそらんじることの可能な本のページをめくるくらいか。


「……『鬼とは、人とは違う何かを持つ者のこと。それは力であったり、姿形であったりする。しかし鬼は既に物語世界の住民となり、想像の産物だと片付けられることがほとんどだ。』なんて言うけれど、そうであるならわたしは誰? 封じられ、本の中のことしか知らないわたしは一体、何者だと言うの」


 表紙が薄くなる程読み込んだ本の一節をそらんじ、秘翠は声もなく嗤う。鬼が存在しないということはでたらめであり、その見方は歴史の暗部を見なかったことにしたに過ぎない。ただし、現代では鬼はファンタジーなのだとその作者は言い切っていた。

 秘翠は本を閉じ、ふと格子戸の向こう側へと目をやる。すると社の境内が見え、石燈籠や神木、そして下へと続く階段が見える。境内を歩くのは、参拝者などではない。秘翠が変な気を起こさないように、と周囲を見回り警戒する見張り役だ。大きな槍や弓矢を担ぎ、秘翠を守るというよりも殺そうと隙を窺っているようにも見える。

 約一年前に封印は解かれ、秘翠は目を覚ました。六歳からの十年間に、記憶というものはない。体は十六歳だが、心までは相応に成長してはいなかった。この世界について何も知らない赤子のように泣きわめき、頼れる何かを探し続けた。

 数か月後、秘翠は悟る。自分は誰にも必要とされない、要らないものなのだと。どんなにすがろうとしても世話役は食事を置いていくだけで、見張り役は時折舌打ちしながら本殿を覗いていくだけだ。誰も目を合わせようとすらせず、腫物のように扱った。


(いつ、わたしは死ねるんだろう?)


 目覚めてから半年も経つ頃には、秘翠は早く死ぬことを願うようになっていた。

 本殿の中にある本棚の端に、歴代の『秘匿』が書き残した日記が置かれている。それを捲り読むことで、秘翠は歴代の『秘匿』の生涯を知った。ただ閉じ込められ続けて狂い死んだ人、占い師のような役割を持って辛うじて一族として認められた人、幼くして病に伏して亡くなった人。そのどれもが秘翠にとって苦しく、耐えがたい生涯のように思われた。

 だからこそ見張り役と世話役の目を奇跡的に掻い潜ったその日、孤独に耐え切れなくなった秘翠は本殿を脱走する。世話役を任されていた鈴女すずめが昼食を運んだ時、もぬけの殻の本殿を見て悲鳴を上げることになった。


「た、大変です。『秘匿の鬼姫』様がいなくなられました!」


 秋の陽射しは優しく、非常事態を非常なものとは思わせない。しかし鈴女の叫びは里中に響き渡り、すぐに見張り役が走り寄って来た。

 見張りをしていたのは、黒っぽい服装に身を包んだ精悍な男たちだ。彼らは鈴女の前に来ると、眉間にしわを寄せて詰問するような口調で問う。


「『秘匿』がいなくなっただと? 本当か」

「本当です。早く、はやくこちらへ!」


 顔面蒼白の鈴女が慌てて走り出すと、見張り役の二人、いばらぬえは彼女を追った。


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