雪山の霊能力者が依頼された御魂抜き
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
意見の相違から仲間と袂を分かった儂は、今では逸れ者の霊能力者となってしまった。
雪深い紀州の山内で世捨て人同然に庵を結び、真っ当な仲間なら眉を顰める依頼も事と次第によっては有り難く請け負う。
そんな儂だが、依頼人として訪れた年若い女性が持ち込んで来たのは余りにも異常極まる案件だった。
「身籠った赤子の生命は残し、魂だけを抜いてくれだと?」
「御願いします!私達、約束したんです!」
ピアニストだという年若い女の所作は、妊婦にしても妙に大人びていた。
それに「私達」とは?
「成る程のう…御主等、二人で一つの身体を共有しておるな。それで一方の魂を赤子の身体に移して互いに独立しようという魂胆じゃろう。」
鎌をかけてみたが、図星だった。
早逝したピアニストの叔母を蘇らせるべく、姪は己の身体を差し出した。
姪の身体を、姪本人と憑依した叔母の魂が共有する。
そんな奇妙な二人三脚生活は、姪の身体が女の赤子を孕むまで続いた。
やがて憑依させた叔母の魂が身体に馴染んだので、姪は自身の身体が孕んだ赤子として新たな人生を歩む腹積もりらしい。
「そして叔母は姪の名と身体を引き継ぐか。よかろう。幸い赤子の魂の器もあるでな…」
普通ならば断るはずだった。
だが「身体を失う赤子の魂も救って欲しい」という殊勝な考えと儂の方の都合が合致して、胎児の御魂抜きを引き受ける事とした。
全ての術式を終えた時、女は腹を愛しげに擦りながら深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。これで姪との約束が果たせました。」
『これで叔母さんと私は、母娘として生きられるんだね。』
もう一つの声は、脳内に直接響いてきた。
その出処が胎内である事は、言うまでもないだろう。
「そちは叔母上の一番の理解者だからな。その事を忘れぬように。さて、こちらは…」
妊婦が下山するのを見届けた儂は、寝床で蠢くもう一つの人影に視線を移したのだ。
「アッ…アウ…」
赤子を思わせる喃語は、二十歳前という娘盛りの身体には不釣り合いだった。
だが、その魂の出処を考えれば致し方ないだろう。
「首を吊った枝から儂が下ろしてやった時には既に心が死んでおったが、御陰で良い魂の器となったのう。御主は養女として儂が引き取り、ゆくゆくは弟子にしてやろうて。」
「ア…アウ…」
大学受験に失敗して自害した小娘の身体に、胎児から抜き取った魂。
この二つが合わさって出来た養女を育てるのが、これからの儂の生き甲斐となりそうだ。