Scene.3 ダイニング
「そういえば、さ。」
「んー?」
「この前も、ありがとね。ちゃんとお礼言えてなかった。」
「この前?なんだっけ?」
「マラソン大会の時。」
「俺、何かした?」
「えっ」
「え?」
「後片付け、手伝ってくれた、よね?」
「手伝った?俺が?」
「うん、テント解体して鉄パイプ運んでくれたじゃない?」
「ああ、それはやったな。」
「あははは、ほら、手伝ってるじゃない!」
「え、あれって誰がやんの?」
「もしかして木田、知らずに作業してたわけ?」
「知らずに、って何をだよ。神谷達がやってたから俺もできることしただけだけど?」
「今年のマラソン大会の運営はバスケ部だったの。」
「運動部で持ち回りとか、そういうやつ?」
「そうそう。」
「あ、それは知らなかったな。みんな知ってること?」
「開会式で説明があったと思うけど?」
「あー、聞いてなかった。」
「あはははは、そうなんだ。」
「だけど、本部テントの解体なんて女子だけじゃ危ないだろ。」
「うーん、そうかもだけど、男バスは遠い場所の片づけをやってくれてたから。」
「なるほどね。でも俺のほかにもバスケ部以外の男子が一緒に作業してたぞ?」
「そう、木田が手伝ってくれてるのを見て、他の子も来てくれたんだよ。」
「そういうことか。あっ、それでか!」
「何?なんかあったの?」
「いや、高田がさ、『点数稼いだな』とかそんなこと言ってたからさ。」
「たしかに女バスのみんなも驚いてた。」
「なんだよ、言ってくれよ。俺、すげえ恥ずかしいヤツじゃねえか。」
「えー、だって本当に助かったんだもん。雨も降ってきてたし。」
「男女うまく混ぜて配置すりゃよかったんじゃないのか?」
「バスケ部ってそうなのよね、女バスと男バス、仲悪いから。」
「ああ、なんか練習日のことで揉めたんだっけ。」
「うん、まあね。揉めたのは三年の先輩だけど。」
「新体制では仲良くやれよー、副キャプテンさん。」
「大丈夫よ、葵ちゃんがキャプテンなんだから。」
「五十嵐ってそんなに人格者なんだ。」
「ふふ、そうじゃなくてね。あ、人格者じゃないって意味じゃなくて!男バスに彼氏がいるのよ。」
「へえ、部活同士の仲は悪いのに?」
「そうなの。三年の先輩にバレないように隠してるんだけどね。」
「バレたってまさか別れさせるとかそんなことにはならないだろ。」
「まあね。だけどいろいろ複雑なのよ、女の世界なんだから。」
「ふーん。神谷は大丈夫なのか?」
「何が?」
「さっき好きな人いるって言ってただろ?」
「えっ、ああ、男バスじゃないから。」
「ふむふむ、高く売れそうなネタをありがとう。」
「こらこらっ!」
「はい、カフェオレ。あとさっき買ったお菓子。」
「ありがと。あ、そのお菓子、私のために買ってくれたの?」
「ま、一応は客だからな。」
「へへ、ありがとー」
「にやけてないで座れよ、こぼすぞ?」
「うん。」
「はい、砂糖。スプーンと。」
「うん。ふふっ、木田と食卓で向かい合うなんて変な感じ。あ、ちょっと、ずれることないでしょ。」
「いや、たしかに向かい合うというのは」
「何よ?」
「気恥ずかしい。落ち着かない。」
「ふふふ、それで?」
「うん?」
「木田は誰が好きなの?」
「ぶっ、ゴホゴホッ、コーヒー吹くとこだっただろ。そんな話はしてなかったろうが。」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ、神谷の好きな人が男バスじゃないって話だろ?」
「その話は終わった。」
「いや、それで誰が好きなんだよ、は俺のセリフだろ、流れ的には。」
「そんなこと、聞かれたって言うわけないじゃない。」
「まあそうだろうけど。って、だったら俺も言わないってことじゃねえか。」
「あはは、案外ポロッと言うかと思って。じゃあ、当てていい?」
「答えるわけないだろ。」
「えー。わかった、じゃあ一人だけ!」
「一人だけ、って何が。」
「私が一人だけ名前を出すから、一人だけは正直に答えるの。どう?」
「どう、って、いやだよ。」
「えー、じゃあ私も同じルールでやるから。」
「いやだ。神谷になんの得があるんだよ?」
「そんなの…、は、そうかもしれないけど。」
「ったく。女子はそういう恋バナが好きだよなあ。」
「うー、ケチ」
「ところで、これは社交辞令だけど。」
「なに?」
「神谷、夕飯食ってく?」
「うん!」
「食い気味に返事するな、社交辞令って言っただろ。」
「あら、遠慮するなんてご無礼なことはできなくってよ?」
「そうかよ。じゃあ、嫌いな物はある?」
「え、えっと、今日買ったものの中にはないから大丈夫!」
「ほほう、さてはグリーンピースだな?」
「えっ、なんでわかったの?」
「神谷が言い淀んだってことは、子供っぽくて恥ずかしいやつだろ?それで、ピーマンとニンジンとセロリは買ったから。」
「こわっ!さっきのゲーム、しなくてよかったかも。」
「ゲーム?ああ、好きな人当てるやつ?そっちは見当もつかないから安心しろ。お、だけど俺が知ってる奴だってことだな。」
「じゃあ当ててみてよ。ぜったい当たらないから。」
「そんな挑発には乗らないぜ。」
「ちぇー。ノリが悪いなぁ。」
「わかったわかった、そんなに言いたいなら聞いてやるから話してみ。」
「えー、その人はぁ、かっこよくてぇ、優しくてぇ、なんて話すわけないでしょっ!」
「なんだ、話したいわけじゃないのか。」
「どうしてそういうことになるかなあ。」
「恋愛相談したいけど、きっかけが掴めないのかと思った。」
「なんで私が木田に恋愛相談するのよぉ」
「はっはっはっ、たしかに。」