Scene.2 木田家
「なあ、神谷ー。ほんとにウチまで来るのか?」
「もー、しつこいなあ。さっきはいいって言ったじゃん。それに荷物まで持たせてー」
「それは神谷が、二人いるんだからお米も買えば?とか、洗剤は大丈夫?とか言うから。」
「でも結局買ったんだから、もう諦めなよ。」
「いや、俺が諦めるとかじゃなく。男子の一人暮らしの家に来るって、神谷は平気なのか、って話だよ。」
「ふふふ、女バスの機動力と攻撃力を舐めたらいかんよ。襲われても撃退するから大丈夫。」
「バカ、襲わねえよ。そうじゃなくて、ご近所の眼だとか、妙な噂とか、そういうこと。」
「そんなの一緒に仲良くお買い物してたんだから今さらだよ。」
「はぁ、わかったよ。でもほんとに見たって面白くないぞ?」
「はいはい、飽きたら帰るから平気。それより木田の家ってあそこだよね?」
「ああ。」
「大きな家だよねえ。」
「一人で住むには大きすぎるんだけどな。うちの親、人に貸すのは嫌なんだって。」
「掃除とか大変じゃない?」
「使わない部屋は俺は掃除しないよ。お袋がときどき来てやってる。」
「お邪魔しまーす。おー、きれいにしてるね。」
「まあな。一度気を抜いたら際限なく汚くなっていく気がしてさ。」
「そうかも。」
「はい、スリッパ。」
「ありがと…。」
「そっちのソファにでも座ってて。コーヒーでいいか?」
「え、うん…。」
「なんだよ、大人しくなるなよ。」
「なんか、静かで緊張してきちゃった。」
「あはは、何言ってんだ、今さら。テレビでもつけとけば?」
「ううん、大丈夫。お料理はしないの?」
「帰ってきていきなりはしないよ。いや、いつもはするか。まあ、今日はまだいいよ。」
「うん。」
「神谷、クーラーつけて。そこのリモコン。そうそれ。」
「はーい。あ、ねえ、お庭もきれいだけど、これもお母さんが手入れされてるの?」
「ああ、朝活。」
「あさかつ?」
「うん、朝起きて、水遣りして、雑草抜いたり落葉掃いたり。」
「えー、木田が?おじいちゃんみたいだね。」
「ほっとけ。だけど神谷、ぜったい学校の奴らに言うなよ。」
「木田が朝活で庭の手入れしてるって?」
「バカ、違うよ。俺の家来たってこと。」
「美緒にも?」
「そ。どこから漏れるかわからないんだから。」
「美緒は大丈夫だよ、口堅いもん。」
「そういう問題じゃなくてさあ。神谷は学校のアイドル的な存在なんだから。」
「あはは、私が?うっそだあ」
「自覚ないのか?告白とかされるだろ。」
「まあ、されたことはあるけど。それはみんなだってあることじゃない?」
「みんなのやつと神谷のやつは違う気がするけどなあ。」
「なんでー、どう違うのよ。」
「ほら、仲良くなって、だんだん気持ちが温まって告白、みたいなのが一般的な告白だろ?神谷に告白してくる奴は一目惚れとか憧れとか、そういうやつじゃん?」
「うーん、だって私、男子とあまり仲良くならないから。」
「そうだろそうだろ、男はみんな牽制し合ってるからな。抜け駆け禁止的に。」
「またまたぁ。あ、もしかして遠回しに口説いてる?」
「お前なあ。俺は遠回しに口説いたりしないっての。」
「ほほう、じゃあ、正面から告白するんだ。」
「いや、それもしないんだけどな。」
「えー、それ、っていわゆる…」
「ヘタレって言いたいんだろ。いいんだよ、別に。神谷はどうなんだよ。」
「私は虎視眈々とタイミングをはかっていくタイプ。」
「似たようなもんじゃねえか!」
「えーっ、そうかなあ。」
「タイミングを作ってる、っていうなら違うかもしれないけど。」
「頑張ってるつもりなんだけどなぁ。」
「そうかいそうかい、健闘を祈ってるよ。」
「うん、ありがと。」
「だけど部活ない日にこんなヘタレの家に上がりこんで暇つぶしてるんだから、頑張ってるとは思えないけど?」
「暇つぶしじゃないよ、女子力の勉強って言ったじゃん。」
「はいはい。」
「もう。そっち行こうっと。なあに、それ?」
「これ?コーヒーミルだけど。」
「あ、豆から挽くんだ。本格的だね。」
「ああ、なんか動画で観てさ、やってみたくなって。」
「ふーん。うちはインスタントだなぁ。」
「俺も時間ない時はインスタントで済ますけど、やっぱり味が違うんだよな。ということに最近気づきつつある。」
「あはは、苦労して上達したんだ。」
「そういうことになるかな。」
「木田的にいうと面白かった、ってこと?」
「面白い?なんで?」
「さっき言ってたじゃない、シュークリームは簡単すぎて面白くなかった、って。」
「ああ、そういうことか。簡単すぎて、というか、分量とか作り方とか、きっちり決まりすぎてて面白くない、って感じかな。」
「すぐにできちゃうことはつまらない、って意味かと思った。」
「そこまで傲慢じゃないし不遜でもないよ。俺にはあまり興味が持てなかった、ってこと。」
「そっかぁ。」
「あ、俺、お子ちゃまだから牛乳と砂糖入れるけど、神谷はどうする?」
「ふふ、私もカフェオレがいい。」
「あいよ。あれ、そういえば神谷、俺の家って知ってたっけ?」
「えっ、そうだね、なんか知ってた。」
「なんか、って。まあいいけど。俺は神谷の家には行ったことあるからさ。」
「そうだっけ?ああ、風邪引いて休んだ時?」
「そうそう、中一の時な。漫画とかによくあるじゃん?休んだヒロインの家に、主人公がプリント届ける、とか。」
「あはは、うん。」
「そんなの現実にはないだろうと思ってたんだけど。」
「漫画だとヒロインの部屋まで来てくれるんだけどなー。」
「玄関先でお母さんに渡して帰ったな。」
「木田、名乗りもしないで渡したでしょ。」
「そうだったかなあ、覚えてない。」
「お母さん、『ちっちゃくて可愛い男の子が届けてくれたわよ』って言ってたから、すぐわかったけど。」
「どうせチビだったよ。」
「でも、どうして木田が持って来てくれたの?帰り道じゃないよね?」
「ああ、たしか山下に押しつけられた。」
「山下桃花かぁ。」
「なんだっけ、なんか用事があったの忘れてた、とかなんとか…。」
「でもよく引き受けてくれたね。」
「いや、なんで俺が、みたいなこと言ったぞ、たしか。そしたら『子分なんだからいいでしょ』って言われた。」
「子分?失礼な。ごめん、桃花に代わって謝罪するー。」
「いいよ、当時は周りから見たらそんな感じだったからな。」
「そうなのかなぁ、私、ひどいね…。」
「あははは、中学一年生なんてそんなもんだろ。子供なんだから。」