Scene.1 電車
「木田。」
「よ。帰りの電車で会うなんて珍しいな。」
「そうだね。なんか久しぶり。同じクラスなのに。」
「女バスは休み?」
「うん、昨日負けたから、今日はオフ。」
「そっか、県大会まであと二つだったのに惜しかったな。」
「トーナメント的にはそうだけど、まるで歯が立たなかったから。」
「へえ、そんなに強かったんだ。」
「強かったぁ、体格も鍛え方も全然違うの。」
「ガチ勢って感じ?」
「うん、私たちもいい加減にやってたわけじゃないけど。え、待って、木田、女バスの試合のことなんてよく知ってたね。」
「ああ、たまたまな。三年は昨日で引退なんだろ?新体制は決まった?」
「うん、少し前に。」
「神谷は何かやるのか。キャプテンとか?」
「まさか。キャプテンは葵ちゃん。私は一応副キャプテン。」
「葵、って、ああ、五十嵐か。」
「うん。エースだからね、葵ちゃん。」
「五十嵐ってクールな感じだよな。」
「ああ、男子からはそう見えるかもね。背高いし。でもけっこう乙女だよー」
「そうなんだ。」
「趣味はクッキーづくりでね、よく作ってきてくれるんだけど、美味しいの。」
「へえ、意外。お菓子は几帳面にやらないとうまくいかないからな。」
「木田も作ったことあるの?」
「シュークリームな。」
「えーっ」
「声でかっ。いいだろ、別に。」
「だって木田、一人暮らしなんでしょ?」
「ああ、神谷には話したんだったな。」
「で、シュークリームは誰に作ってあげたの?」
「んー?誰に、って自分で食ったよ?」
「あははは、一人でシュークリーム作って食べたの?」
「そうそう。なんかテレビでやっててさ。もっと難しいのかと思ったんだけど、けっこう上手にできちゃって。あんまり面白くなかった。」
「上手にできたならよかったじゃない。」
「いや、もっと苦労して上達する、みたいなのを思い描いてたんだよな。」
「じゃあ今度作ってきてよ。」
「やだよ、恥ずかしい。」
「えー、苦労して上達して、それからどうするつもりだったの?」
「それから?」
「うん、例えば好きな子にプレゼントするとか?」
「ああ、なるほど。別に何も考えてなかったな。そもそも男が女に手作りシュークリームをプレゼントするってどうよ。」
「別にいいんじゃない?ジェンダーの時代なんだから。」
「そうだな、別にいいか。でも似合う似合わない、って問題はあるだろ。」
「似合わないからギャップがあっていいんじゃない。」
「ちぇ、似合わなくないよ、とか言えないのかよ。」
「あー、考えもしなかった。」
「ま、神谷にお菓子作りの似合う男だと思われてもな。」
「中一の時の木田のままだったら似合うかも。」
「チビだったからなあ、俺。」
「ねー。気がついたら大きくなってたよね。」
「そうだな、中二の時は別のクラスで、中三でまた同じクラスになって、その時驚いてたもんな、神谷。」
「うんうん、木田の背が伸びてたことより、そんなに会ってなかったっけ、って。そっちのほうが驚きだった。」
「神谷はE組だったからな。」
「うん、木田はA組だったでしょ?クラスが離れると会わないもんだよね。」
「そう、だな。」
「それがまさか同じ高校とはねえ。」
「たしかに。神谷は一高だと思ってた。」
「うーん、一高は遠いしね、バスケも続けたかったし。」
「え、一高ってバスケ部ないの?」
「一応あるにはあるらしいけど、部員も少なくてあんまりちゃんと活動してないって聞いたの。木田はどうしてこっちに残ったの?ご両親は東京なんでしょ?」
「田舎者が東京の高校なんかに転入したらいじめられるからだよ。」
「あはは、木田をいじめられる子なんかいるのかなぁ」
「バカ、肉体的ないじめだけがいじめじゃないだろ。」
「それはそうだけど。でも精神的ないじめだって、木田には通用しない気がする。」
「お、さすが元いじめっ子。」
「えー、私いじめてないよぉ。中一の時は可愛がってたけど。」
「可愛がってたのか、気づかなかった。」
「えっ、もしかしてイヤだった?私、悪いことしてた?」
「イヤではなかったけど、当時は少し情けなかったかな。」
「どうして?」
「どうして、って、神谷、背中からおぶさってきたりしてただろ。」
「あはは、そういえばしてたね。」
「普通、中学生にもなったら女子は男子にそういうことしないじゃん。だから男に見られてないって情けなさはあったよ。」
「そっか。」
「幼馴染とかならわかるけど、中学で初めて会ったからな。」
「ごめん…」
「いや、責めてるんじゃないけど。中三の時はなかったしな。」
「そうなの。木田が大きくなってて、おぶされなかった。」
「しようとしてたんかい」
「あ、木田だ!って思ったんだけど、近づいたら大きくて、抱きつくみたいになるからやめた。」
「そんなことされてたら心臓止まってたぞ。」
「あははは、ねえ、私は?」
「ん?」
「中一の時と、印象違ってた?」
「うーん、よくわからないなあ。」
「女の子の変化に気づけない男はモテないよー?」
「はいはい、モテなくてけっこう。」
「あ、わかった、こっちに彼女がいるんでしょ。」
「なんで今の会話の流れでそうなるんだよ。」
「いないの?」
「いるわけないだろ。」
「ふーん。あ、木田、今日バイトは?」
「今日はないよ。月曜は休み。」
「じゃあさ、ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?どこに?」
「どこって、決めてないけど。」
「さては、神谷。」
「なに…?」
「部活がなくて何していいかわからないんだろ。」
「え、うん、まあ、そんな感じ。」
「暇つぶしはいいけど、何するかな。」
「木田は何するつもりだったの?」
「俺?月曜日はスーパーとドラッグで買い物して、家で料理だな。」
「あはは、女子力高いねえ。」
「一人暮らしってのは大変なんだよっ」
「そうだよね、ごめん。」
「ま、想像つかないよな。俺、週6でバイトしてるからさ、作り置きとかするんだよ。」
「えっ、週6ってほぼ毎日じゃない!」
「そうそう。親に学費は出してもらって、生活費は自分で稼ぐって約束だからさ。」
「それは大変だね、と言いたいけどたしかに想像つかないかも。」
「俺はあんまり物欲ないし、もともと住んでた家だから家賃もないから、すごく貧しい暮らしはしてないけどさ、贅沢はできないからなるべく自炊してるんだよ。」
「そっかぁ。じゃあ、見学していい?」
「見学?何を?」
「だから、木田のお買い物とお料理。」
「はあ?ダメに決まってるだろ。」
「なんで、いいじゃない。女子力の勉強ってことで。あ、駅着いたよ、行こっ!」
「おいおい。」
・・・。