はじめまして、こころ先生⑤
ピンポーンとインターホンが鳴り、玄関に小走りで向かった。ドアを開けると、不機嫌な顔した葵くんと、葵くんの横にゆめさんがお座りしている。
「ゆめさん、おかえりなさい!お勤めご苦労様でした!」
しゃがんでゆめさんをぎゅっと抱きしめる。
「…俺に労いの言葉はないのか。人をタクシー代わりに使いやがって。」
「葵くんもありがとう!」
最大級の笑顔でお礼を言うと、なぜか不気味なものを見る目をされた。
「…なんでそんな顔するの?」
「その笑顔が怖いんだよ。」
笑顔が怖いなんて、相変わらず葵くんは失礼だなぁ。
「柚子さんはどうだった?」
「明日病院行くって言ってたから、もう大丈夫なんじゃないか。お前にまた会いたいから、ちゃんと病院に行くんだってさ。お前にまた会うってことがどういうことか分かったら、また会いたいなんて言わないよ。」
葵くんがせせら笑ってくる。
「……。葵くんは意地悪だね。」
「本当のこと言ってるだけだ。」
「もういい。私のことを理解してくれるのは、ゆめさんだけだもん。」
ゆめさんをぎゅうっと抱きしめるとゆめさんが小さく吠えた。
(こころ、苦しい…。)
「あ、ごめんね。ゆめさん。」
慌ててゆめさんを離すと、ゆめさんが天井に向かって伸びをした。
(あの子はもう大丈夫。匂いが薄まった。明日病院に行ってきちんと診てもらえば、匂いは無くなると思う。)
そっかと私がほっとすると、葵くんが鼻で笑ってきた。
「一時的なもんだろ。」
「やっぱり葵くんは意地悪だ。」
葵くんを軽く睨むが、葵くんはまた鼻で笑う。
「だってそうだろ。あの会社で働き続けるかぎり、状況は変わらない。」
「でも、体調が回復することできっと頭も冴えてくる。考える力が戻ってきたら、今後どうしたらいいかを考えて、決めることができたらいいと思う。」
「どうだかな。単純そうだから、体調が良くなったらまた死にそうになるまで働くんじゃないか。」
「その時は、またお店に来てもらったらいい。」
「お人好し。」
吐き捨てるように言うと、じゃあなと葵くんは帰っていった。
(葵は相変わらず厳しいな。)
「でも、呼んだらちゃんと来てくれたし、頼みごとも聞いてくれたし。なんだかんだで、葵くんだってお人好しだと思う。」
そう、なんだかんだで葵くんは良い人なんだ。
「今日は遅くまでお疲れ様。明日に備えてもう寝よう、ゆめさん。」
ゆめさんが頷くと階段を登り、2階の寝室に向かっていく。
2階の1番奥の扉を開けると、窓際にベッドが置いてある。
ゆめさんはひょいっとジャンプしてベッドに乗ると、ベッドの端に行き丸くなって寝てしまった。
私もベッドに入り、軽くゆめさんを撫でて「お疲れ様。」と呟いた。
明日もどうか小さな命を拾えますようにと祈り、私も眠りについた。