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はじめまして、こころ先生

疲れた…。本当に疲れた…。

大事なことなのでもう一度、疲れました…。

深夜まで残業してギリギリ終電に乗り、ふらつきながら帰路についていた。

ずっとヒールで立ちっぱなしのせいか、足はむくれてパンパンだし、腰も痛い。

接客中は終始笑顔でいないといけないため、表情筋の使いすぎのせいか顔も痛い。

こんなはずじゃなかったのに、と思いながら微かに残った気力を振り絞って、なんとか足に力を入れてアパートまでの道を進んだ。


憧れのアパレル会社に入職し3ヶ月が過ぎたが、思い描いていた世界とはまるで違った。

デザインの専門学校に通っていたため、デザイン部門に配属されると思いきや、与えられた仕事は販売員だった。

接客業なんてしたことないし、服のことなら分かるが、レジに電話の対応、在庫の補充などの商品管理、お店の清掃などなど服とは関係ない仕事が多すぎる。

おまけに店長はネチネチと嫌味を言ってくるタイプで、少しでもミスをすると嫌味が止まらない。


3ヶ月経ったら仕事にも慣れてくるものだと言われているが、私の場合はちっとも慣れる気がしない。

小さなミスは毎日のようにしている状態だし、そのせいで店長からの嫌味が止まらないし、その嫌味のせいで焦ってまたミスするし、最後は胃にキリキリと痛みを感じる。

家に帰っても店長の嫌味の幻聴が聞こえる気がしてよく眠れず、入社してからはずっと寝不足状態だ。

まさに負のループである。


さらにイラついているのは、残業が長時間で毎日終電で帰宅してる状態なのに、残業代が出ないことだ。

働き方改革はどうした!労働局の監査をうちの会社はどうやって切り抜けてるんだ…。帰りたくても新人なんて残業するのが当たり前みたいな雰囲気だし…。


さらに!毎月の家計がギリギリの状態も辛い。

お客様に買ってもらうために、自社のブランドの服を着て販売するため、シーズン毎に服を自腹で買わないといけないことが大きな出費になっている。

お金は出ていくばかりで残業代は払わないなんて、本当にブラック企業ってあったんだなと社会人デビューして思った。


はぁと大きくため息をつき、疲れた身体を引きずった。なんだか今日は特に身体が重く感じるし、仕事中に眩暈も時々あった。

そういえば、駅のコンビニでお弁当買って帰るの忘れたな。冷蔵庫に何かあっただろうか…。

いや、あっても料理する体力は無いし、そもそも食欲がない。アパート前の自販機で栄養ドリンクだけ買って帰ればいいかと思っていると、急に目が回るような眩暈がし、身体が大きくふらついた。やばい、コケると思って衝撃に備えようとしたが、後ろにぐいっと身体を引かれた。


「大丈夫ですか⁈お怪我はありませんか?」


女性が両腕で私の身体を支えてくれ、心配そうに尋ねられた。ボブカットで少しタレ目のせいか童顔な印象があり、10代にも見えるが20代くらいだろうか?その女性の顔をじーっとみていたが、途端に自分の身体をずっと支えてもらってることに気づいた。


「ごめんなさい!ずっと支えてもらって。お陰様で転ばずにすみました、ありがとうございました!」


慌ててお礼を言って、その女性に向かって頭を下げた。

「いえいえ、お怪我がなくて良かったです。」


にっこりと笑顔を向けられ、なんだかその笑顔にとても癒された。街中で迷子になった時に、この人に道を聞いたら、絶対親切に接してくれるに違いない!みたいな印象の人だ。


「ご迷惑かけてすみません、ありがとうございました。」

再度お礼を言って立ち去ろうとするが、また立ちくらみがして思わずしゃがみ込んでしまった。女性も慌ててしゃがみ込み、私の身体をそっと支えてくれた。


「大丈夫ですか⁈救急車呼びましょうか⁈」

「いえ、大丈夫です!」


ネットニュースなどで、大したことないのに救急車をタクシー代わりに使う人が増えて、社会問題になっているというのを見たことがある。立ちくらみ程度で救急車なんか呼んだら、救急隊員の人からどんな嫌味を言われるか…。


「眩暈多いんですか?後ろから見てたとき、フラフラしながら歩いてるから、最初は酔っ払いかと思ったんです。」


あー、ずっと見られてたんだ。そして酔っ払いと間違われるくらいフラついてたとか恥ずかしい…。


「本当に重ね重ねすみません。寝不足のせいかもしれないです。ちょっと休んだら大丈夫なので!」


これ以上迷惑はかけられないし、帰ってもらうと思っていると「私のお店で休んでいきませんか?」と言われた。


「え?お店?」

「そこの角を右に曲がってすぐのところなんです。眩暈が落ち着くまでゆっくりしていって下さい。」

「いえ!そんな見ず知らずの方に申し訳ないです!」

「見ず知らず…。そっか、まだ名乗ってませんね。私のことは『こころ』と呼んで下さい。」

そう言ってこころさんは私の身体を支えながら、ゆっくり立ち上がらせてくれた。

「いや、名前を知りたいとかじゃなく!もう夜も遅いですし!知らないやつといるの怖くないんですか⁈」

「では、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


さっきのような笑顔を見せ、こころさんはゆっくりと角を曲がり始めた。いや、お互い名乗れば知らないもの同士じゃなくなる、とかじゃなくて!どうしようかと悩んでいると、こころさんは促すようにずっと笑顔だ。でも、さっきの癒しの笑顔をじゃなくて、有無を言わせないような威圧感のある笑顔だ。


「…新井柚子です。」

「柚子さん!素敵なお名前ですね!よろしくお願いします!」

今度は癒しの笑顔でにっこりと微笑まれた。会ったばかりだが、この笑顔に弱い気がする。



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