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リモートブックストーリー  作者: 北佳凡人


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本人特定



 私は、デスクに置いたキッチンペーパーを抜き取り、プリンにまみれになった手とPCをキレイにしていく。“ロンリーぽこ”の短文DMを何度も読み返し、湧いてくる怒りのまま、隣りで固まってる先輩に質問した。


「先輩。ネット得意っていってましたよね。DMから自宅の特定って、できます」

「あ……ああ。できなくはないが、特定してどうする。そいつ。書籍化を辞退したってことだろ」

「意地でも出版させます。辞退なんかさせません」


 自分でもわかる。頭に血が登って前後の見境がつかなくなってると。子供のころから、意地っ張りで、理性を感情を上まることが多かった。兄とのケンカで悪いのは、たいてい私だし、高校で仲のよかった友人とは、いまも仲たがい。


 今回もそう。


 隣家の不愛想男の件とこれは別件。こやつが本にしたくないというなら、踏み込む権利はないし、ほかの小説をあたったほうが賢明なのだ。だが、“ロンリーぽこ”の小説には、なにかあるとカンがささやく。野放しにしたくない気がするのだ。

 失敗を繰り返して、少しは大人になってる。意地っ張りだけが理由じゃない。


「いやいや、売れた作家ならそういうこともあるが、アマチュアだろ。そこまで編集側が意気込むことじゃねーだろ」

「私の進退がかかってます。それに、プリンの呪いは倍返しです」

「……いやそれは自業自得で」


 たじたじの先輩。せっかくなので悪いけど怒りで押し切らせてもらいます。あなたの時間をいただきます。


「いいから、教えてください! 敵の居所をみつける技を」

「敵って……はぁ……キタのカヌリエのカヌレ3個な」

「ありがとうございます……でも2個で」


 ため息をついた先輩は、自分の椅子持参で、私の席にくる。プリン臭いから座りたくないのね。


「んと……登録メルアドが自宅かスマホなら一発なんだが。やっぱフリーメルアドか」


 フリーメールは個人を特定させたくない人が使うアドレスという。スマホしかもってない私でも、なぜかGGLアドレスが勝手についていたりする。それが何かの事情で、意図的に用意してる。小説投稿サイトに、そんな必要あるのか。


「事件のニオイがしやすね。お奉行様」


 アゴに手を当てニヤリと嗤った。


「誰がお奉行だ。気の利いたヤツならこれが普通だ。で、管理業者にアドれる開示を請求するんだが、普通、警察や弁護士の案件だ。一般の俺が請求したところで相手にされない。仮に要求がとおったとしても、お次は、ブロバイダーやキャリアの壁がある。それこそ最低でも訴訟だったり、事件でも絡まないと返信さえ来ないだろう」

「じゃあ、お手上げってことですか」


 最初の最初、とっかかりで停まってしまったが、それはそうだ。個人情報が高値で取引される詐欺社会。本人特定が、たやすくできるのなら、犯罪の増加はいまどころでなくなる。


「普通はって言ったろ。方法はある……」

「あるんですか?」

「カヌレ5個」




 先輩は1時間とかからず、私からカヌレの権利をもぎとった。


「おいおいおいおい! お前んちの隣りじゃん。からかってんのか? カヌレ10個に増加だ」

「いえいえ、めっそうもございません。私だって驚いてますよ。てっきり東京とか別の街かと思ったのに。この男なんて」

「顔見知り、そりゃそうか隣りだもんな。あいさつくらいするだろ」

「呪いをかけた本人です」


 急いで帰宅、とは相成らず。私は辞退した素人作家の家に直撃した。尋ねるのをためらったのち、インターホンをプッシュ。出てきた男に思いをぶちまけたのである。


「加藤さん。逃がしませんよ、呪いの責任、とってもらいます」



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