あたし
出版会社に、あたしは入る!
23歳。大学を卒業して、子供のころからの夢をとうとうかなえた。
あまり有名でない……いや、ほとんど誰もならない地方の新興零細会社だが、それでも出版社に違いはない。
円水円。漢字だと回文だが平仮名は、まるみずまどか、と読む。中学のころはからかわれたものだが、バカにした男子は一刀両断にしてやった。腕力ではなく、そいつの弱みを調べて、さらしてやったのだ。3人ほど撃退してやったら、逆らう者はいなくなった。
名刺には「〇水〇」とした。インパクトがあって、初見の話題つくりに貢献してるから。あたしは、ラブラブ元気な両親に感謝してる。
「円水くん。ヒット作をだしてくれ」
編集長兼社長に命じられた。1フロアに社員が3名。社長室はない。孤立したいなら、パーティションで区切った応接セットしかないが、小さなローテーブルには社長の業務書類が積まれてる。
「電子コミック、電子書籍、ともに好調なのでは。今年度もすでも11作だしてますし」
「売れてるのは先輩たちの成果だろう。キミはたいして貢献してない」
「それは……」
しょうがないのではといいたいが図星だ。入社から3か月。先輩について仕事を覚えてる最中である。見習い社員に成果を期待されは困るが、社員の成長を悠長に待てるほど、資産にゆとりはない。
「試用期間は半年だったね。まだ3か月だが、もう3か月ともいえる。成長したところをみせてくれても、いいのじゃないかな?」
お荷物社員はいらないということだ。
「おまかせください! 必要な社員であると認めさせてあげます」
「うむ、期待してるよ。売れる作品をみつけてくれ」
辞して席にもどる。区切られたデスクについたあたしは、頭をかかえた。どうしよう。
出版社で勤めることが夢だったがその理由は、カッコよさそうだからのひとことに尽きた。入社して毎日、バスと地下鉄で出勤。それで十分楽しかった。友達に自慢できたのが嬉しかった。出版社がどんな仕事をしているかなんて、勤めるまでわかってなかったのだ。
「こまった……せんぱい?」
「忙しい。話しかけるな」
隣りの5歳上の先輩はPCをガン見。新人作者があげた新作を、サイトにアップしてるのだ。昨夜は帰ってないとかで、目が血走ってる。相談どころではない。
「新人発掘かぁ……とりあえず、投降サイトをみていくか……」
最近のトレンド――この言葉も死後だが――は、ウェブ小説。書籍化、コミック化どころか、テレビアニメや映画化を実現する作品が数多くでてる。
わが“昭平令ブックス”も、遅まきながら時代にくらいついて、投稿サイトをもっている。だが後発も後発ということで、作家が少ない。見切りをつけた先輩たちは、自社なのにほったらかし状態。
あたしが担当するのはしかたない流れだった。
「……おもろない。これもこれも。テンプレならもっときっちりテンプってほしいな」
「まるみず。黙ってしゃべれ」
「すみません」
集中すると、ひとり言が多くなるのは悪いクセだ。ひとりでゲームしてても、誰か友達がきてるのかと、家族がのぞいてくることがある。二人分のおやつをもってきた母親に叱られたことも。それ、あたしのせいか?
静かに集中。集中集中……ん?
「これ……ちょっと面白いかも」




