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リモートブックストーリー  作者: 北佳凡人


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バックアップ不承認



 社のドアをバーンと開けたあたしは、「なにごとだ」と注目する先輩達をふりきり、社長のもとへ直行。肩で風を切る。そんな常套句があるが、いまなら嵐だって起こせる。“ロンリーぽこ”こと偏金直樹。彼から、書籍化の言質をとってきたのだ。


「やりましたよ社長!」


 ロンリーぽこは、既存の小説にこだわらない作家です。文章に光る何かを感じました。ユニークなアイデアと、奇抜なストーリーが期待できます。


 作家宅でバックアップを条件に説得してきた経緯を、鼻息も荒く、説明した。 

 いまのあたしはきっと眩しく輝いてる。苦節数カ月、遅い春がやってきたのだ。

 だが社長兼編集長は、たった一言で断罪した。


「却下だ」


 信じられない。かわいい部下の成果を、言下に受けつけないとは。

 納得できない。あたしは説明を求めた。


「なんでですか社長!」


「書籍化は進めていい」


「え?」


 いいの?

 肩透かし。というより、ぶつけた肩がのめり込んだ気分だ。


「投稿の作品タイトルが登録商標に抵触するなら、変えるものアリだし、新作を書き下ろしさせてもいい」

「却下じゃないじゃないですか。ストーリーを精査して、作家と相談してみます」


 自分の席に戻ろうとしたあたしに、社長はことばを続けた。


「だが当社のバックアップは認められない。不可だ」


 却下ってそこか。でも困る。なぜって、社のバックアップを条件に、書籍化を飲み込ませたのだから。前提条件が崩れてしまう。


「そんな。有望な新人のためのシステムですよね。バックアップは」

「勘違いしてるようだが、バックアップするのは有望な新人だ。そして、有望な新人というのは10代で頭角を現す。ロンリーぽこは何歳だ」


 デスクに両肘をのせ組んだ手の上にアゴをのせる姿勢に、「ゲンドウめ!」 と叫びたくなったが、どうにか押しとどめた。

 あたしは、ため息とともに、答える。


「……30歳は、いってそうです」


 社長のメガネが怪しく輝った。まるで、オリジナルフラッシュを当てたかのように。


「10代。せめて20代前半までだ。若いヤツは若いゆえに延びしろがある。優秀な大学卒が就職に失敗することは珍しくないし、ニートの書いた小説が席巻することがあるから、他所に取られるまえに囲いこむ。面白いならなんでもいいというものではない」


 社長は、やおら加熱式タバコをとりだす。パーツを組み合わせて、セットするものだが、どうやら、肝心のタバコ部分ないらしい。切らしていたのだ。


 こっちの顔をじっとみつめて、しばらく動かなかったが、やがて何事もなかったかのように、加熱式タバコをしまい込んだ。


 この人は、タバコの煙をはきながら部下に説教するのが大好きなのだ。そのためだけに、自ら禁煙と定めたフロアで、加熱式タバコを吸っている。


 酔った席で、(いにしえ)のハードボイルドに憧れてこの世界に入ったと、吹聴してる。同じ席で「いっそ禁煙室はやめて紙巻きタバコにしてみては」と尋ねたことがあるが、「あんなカラダに悪いもの私はやらない」と返された。ハードボイルドは難しい。


 ゲンドウポーズに戻った社長は続けた。


「さらにいえば、金でがんじがらめにする意味合いもある。初心な若いヤツには通用するが、社会経験のある人間だと、反対に、食いものにされる場合も想定される。有望でも30過ぎのオッサンの面倒はみない。慈善事業ではないのだ。わかったか?」


「遅咲きの作家というのは、世の中にいます。そうした方の受け皿はないのでしょうか」

「いうじゃないか。たしかにそうだ。レッドオクトーバーを追えを知ってるか?」


 昔の、まだソ連って国があった時代の映画だ。父さんが借りてきたDVDを一緒にみた。作家はたしか。


「トム・クランシーですね。ジャックライアンシリーズ読んだことがあります」


 あのあとハマって。読みふけったのだ。


「あれな。書くのに9年かかったそうだぞ」

「9年? WIKIには4か月ってありましたけど」

「新潮社には9年とあった。売れることが確約された作品を売るのがWEB小説掘り出しのメリットだ。作者の可能性を9年も待てると思うか」


 WEB小説にも深く掘り下げた作品は多いが、ランキングに登るのは難しい。主な読者層が、読みやすさを求め、あまり鬱な展開を望んでないからだ。難解テーマを、噛み砕いて読ませられる作者はとっくに、書籍化をすませてる。


 レッドオクトーバーは、綿密な下調べと、作者の体験、保険代理店として経済的にも社会的にも自立していたらこそ完成された傑作であって。


「それは、持ち込み小説だからですよ。あ……」


 しまった。してやったりと、社長の目がニヤリと光る。


「よくわかってるじゃないか。キミ推しのぽこちゃん、いやぽこ君かな。これまでの作品は1作。読ませるものではあるが1年を費やしてる。設定にかけた月日はもっとだろう。3か月で傑作を出せると、いいきれるかな」


 きのうの、偏金直樹とのやりとりを回想、分析する。


 生計ネット収入でほとんど家から出ない。近所づきあいはなくて、誰かに会うなら本など出さなくていいという人嫌い。

 でも結婚していたくらい、コミュニケーションはそこそこある。2時間の会合は居心地のよいもので、飾らない自分をさらけだせた。


 肝心の物書き能力だが、頭は平均よりよりはすこし上って程度。世界をひっくりかえすほどの劇的な発想は望めない。けど、実体験と想像の延長線の果てから、ユニークなアイデアを探し当てる視点はある。


 例のタイトル合併の問題作、『異世界―第6ピコと街半分の65歳:空中ダンジョンコックピット』は、異世界に65歳で転生ししてしまった14歳の女性ピコが歩く空中都市の支配をめぐって活躍するというもの。ワクワクした。あらすじを読んだだけで、続きを読みたくなったのだ。


「いいきれます! ロンリーぽこはヒット作を生み出すと断言できます」


「言ったな。いいだろう。来週まで、新作のストーリーを提出させろ。内容がよければ、当社規定最長の三月分のバックアップを認める」



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