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リモートブックストーリー  作者: 北佳凡人


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14/16

名前の笑顔



「加藤さん。モースマンもうないんですか?」


 円水(まるみ)さんとこの娘は、正座をくずすなり、菓子を要求してきた。痺れたのか、オレが書籍化を了承したことでほっとしたのか、わずかだけあった緊張の顔が、完全に消え去ってる。


「いきなり寛いだな。お隣さんモードかよ。甘納豆ならあるぞ」


 オレは、セミクローズドのキッチンにはいる。皿に敷いたキッチンペーパーには、作ったばかりの甘納豆もどきがあった。レシピサイトで見つけた、10分で作れるカリカリおやつで、PC打ちながら摘まむのにちょうどいいのだ。


「それでガマンします」


 子袋に詰めて輪ゴムで縛る。


「ガマンかよ。ほら食え」


 対面キッチンの流しから、袋を放り投げてやった。狙いは頭。取り損ねてぶつかったら下手くそを笑おうと思ってたが、よいっとキャッチされた。輪ゴムを外して、空になった小鉢に、ざざーとあける。ふたつぶ摘まんで、口にいれた。ポリポリかじる音が、小気味いい。


「甘納豆なんて子供のころ以来。こんな美味しいんですね」

「そうだろ。そうだろ」


 クセになるんだよな。甘納豆てわりと高い。作れば材料費だけだ。


「まさか。加藤さんがつくったんですか?」

「そのとーり。うまいもんだろ?」


 オレの、最近のマイブームである。キッチンペーパーの載ってるのを、摘まんで食べる。カリっとした触感。手作りっぽい香ばしさが口内から鼻に抜けていく。


「男の手料理ってカッコいいと思ってたんですけど、加藤さんだと。その……ザンネンですね」

「ザンネンてなんだ。まぁべつに、好きで料理してるわけじゃないし」


 本気で描いた絵をけなされた小学生か。自分で言っておきながら、そう思った。

 やってみてると、けっこう好きだし趣味にあった。などと新しい自分を発見したのだが、コイツ相手に認めるのは、しゃくだったのだ。


「それにしては美味しいですが。それがまた、キモイっていうか」

「もう喰わせん。返せ」


 オレは、リビングの円水(まるみ)娘に近づき、甘納豆の小鉢をひったくろうとした。娘は小鉢を脇に抱えて、仏壇のある隣室へ逃走。


「やですよ。もらったものは、あたしのもの」

「図々しいやつ。どんな親に育てられたら、こうなるんだ」

「ご存知の親です」

「あーー」


 納得してしまった。人の都合を省みず途切れることのない話をする女性。あの親の子ならさもありん。


「わかればいいんです。ところで加藤さん。いいかげん名前を教えてください」

「名前?」

「加藤さんでは、ないんですよね」


 オレはためらう。


 苗字は、子供のころ、ざんざんからかわれた。小学3年までは、言葉のひびきがダサいと。漢字の意味がわかってくる高学年ではヒワイな意味で「かたきん」とよばれた。

 オレは、ふてくされたり、怒って追いかけたりしたが、それが楽しかったようで、同級生によるからかいはエスカレート。イジメにこそ発展しなかったが、一種の娯楽として、あだ名を言って逃げる遊びが横行した。


 大人になってから、そんなことはなくなったが、オレにはそれが、トラウマだった。いまでも、名前を聞いた相手の表情は、必ずといっていいほど変化する。とくに女は。


偏金(かたがね)だ。偏金直樹」


 円水(まるみ)。お前はどんな顔になる。


「偏ったお金儲け。加藤さんには、ぴったりの苗字ですね、ぷぷ。あ、加藤さんじゃないよね」


 笑った。こいつは、心のうちを隠しもしないで、真っすぐに笑った。しかもオレが予想していたのとは、違う理由で。


「どうしたんです偏金(かたがね)さん。あたし、そんな面白いこと言いいました?」


 不思議そうに小首を曲げ、それでも、甘納豆を食べるのを止めない変な女だ。だが言われてオレは、自分の顔に手を当てて驚いた。口元が上がってる。笑っていたのだ。




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