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リモートブックストーリー  作者: 北佳凡人


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13/16

第一歩



 しめたっ!


 見えないように、あたしの拳がテーブルの下でガッツポーズ。書籍化に消極的な理由はお金。さっきも言った通り、稼ぎに費やす時間が、減ることを嫌ってのこと。この人は、物を書く趣味を優先し、食扶ちを稼げなくなる事態を危惧してる。


 音楽に入れ込んで仕事を疎かにする野郎はざらにいる。政治活動に精を燃やして家を傾けた名士も。

 己の芸術的の才能を信じて描き続けた巨匠の作品が、没後に脚光を浴びた。物語として感動はしても、巻き込まれた家族はたまったものではない。


 それにくらべ、現実を見失ってないぶんマシ。DMで拒絶されたときより、あたしの好感度は増してる。弱みは明白。ここが勝負だ。


「本をだしませんか。作家は(あたれば)お金ががっぱがっぱと入ってきます」


「だから、(あたれば)だろ。書籍化ってのは物書きの夢だ。ウェブで活動してた作家が本を出すのは、珍しくないよく聞く話。ただそのせいで現実生活が困窮した話も、SNSあたりではよくある」


 当たりだ。


「それは否定しません――」


 2023年。出版業界はやや持ち直してるとはいえ、全盛期の6割前後をうろうろしてる。その理由のひとつがウェブ作品。以前は潜在的だった作家が増えて、面白い作品が競い合い、ランキング化された。

 業界はそこに目を付けた。マンガも小説も、売れることが見込める人気作品の作家と契約を結ぶ。作家を育てるコストやリスクを省け、着実な売り上げることができた。


 だが、それもいきすぎた。発表できる媒体が増殖。作家も増殖。レーベルも倍増。しかし買い手だけは横ばい。生き残るため戦術を切り換える。出版部数を減らし、数を撃つわけだ。


 作家の負担は同じなのだから発行部数は多いほど潤い、少なければ収入にならない。作品には時間がかかる。ウェブ作品がそのまま本で売れるほど甘くはない。打合せや、作品の見直し、推敲。すべての投げ出してというのは、大げさとしても、寝食を犠牲に作品に撃ち込むことになる。


 実入りが少ないでは困るわけだ。感心する。よく勉強してる。

 だからこっちは、その上をいくのだ。


「――そこで当社のシステムです。作家さまが書籍化にあたっての憂いを、すべてとはいいませんが、バックアップします」


「へぇ。どこまで?」


 手をぐいっと、相手の鼻先に突き出すと、寄り眼になった前に3本の指を立てた。


「3か月です。その間の金銭は当社が負担いたします」


「……3か月も、生活費をくれるっていうのか。無名の作家に、そんな長い期間?」


「その通りです。将来的に売れることが見込まれる作家様にかぎった優待措置です」


 市場、人気度合い、作風、トレンド。そういったことを加味して、AIによって売り上げ予測を立てるのだ。そんなことを説明していく。


「信じられないな。1巻の初版はせいぜい4000部。1200円の単行本で印税が8パーセントとして。38万4000円。それも売れなければ、増版どころか2巻もない。3か月も面倒をみるメリットがない」


「ず、ずいぶん調べておいでで……」


「どんな世界にも公開したがる人間はいる。当然ググって調べるさ。なのに『しゅらぶっかー』のサイトにキミが言う特約が書いてない。これはどういうことだ」


「ホントに調べ上げてるですね」


 ちょっとビビった。けどそれくらい慎重なのはあたりまえか。人生がかかってるんだ。彼は訝し気にじっとみつめる。あたしの答えをまってる。


「表記しないのは当社の保身です。後発の弱小レーベルの昭平令ブックス(うち)は。大手にマネをされると潰されてしまいます。強力な武器は隠して油断を誘うのが、戦場におけるセオリーです」


 思い切ったことでもしないと作家を取り込めない事情がある。そこは話せることではない。

 実際、この措置はもろ刃の剣。誰でも彼でも、適用してたら会社は明日にも倒産だ。才能ある作家をとりこむだめの特別措置。社員には数年に一度だけ許されてるが、いまだ誰も利用したことがない。失敗すれば手痛い処罰が待っているからだ。


 あたしには後がない。出し惜しみなんかしてられるか。背水の陣でも、伝家の宝刀でも、最後の世界樹の葉でも、なんでも使ってやるのだ。


「それが本当なら。乗ってやる」


 やった……。あたしは静かに息を吐いた。新人作家をゲットできた。念願の担当者に就任。これでしばらくは、首の心配をしないですむ。


 これは人類にとって小さな一歩だが、あたしにとっては大きな第一歩。

 安心したら甘いものが欲しくなって。久しぶりに頭を使ったせいで、脳が糖分不足に陥ったようだ。


「加藤さん。モースマンもうないんですか?」


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