帰れ
円水円が、手をたたいてきゃっきゃと笑う。人と、まともに話すのが久しぶりで、言葉のキャッチボールが楽しかった。そこまでの話じゃないんだが、ウケることが気持ちのいい。そんな基本的な感情を思い出した。
円話し上だ。いまどき若い女性はみんなこうなのか。ノせられてることは、承知してるが、自分の口が止まらない。いい年したオッサンが浮足立ってしまってる。
「おもしろいです、加藤さん。ほかにもエピソード話してくれませんか。お仕事行ってないのに、生活どうしてるのか、とか」
「それは、アフィリで……」
「あ、まってくださいね」
駐車整理のガードマンのごとく、待ったをかけた円は、足元のバッグを開く。スマホをとりだすと、すこしいじってから、それをテーブルの上に載せた。インジケータとアイコンから、録音アプリをセットしたとわかる。
「さあどうぞいいですよ。それで、アフィリってなんですか」
ほてった身体が冷気で覚めていくように、上空に舞い上がってたオレのテンションは、急降下していった。オレはいったい何をしてる。調子こいて、誰にも言ったことのない内輪話をぺらぺらと。
こいつは、呪いのプリンがどうのこうと、上がり込んできてるが、そもそもの目的は、小説を書かせること。オレはすでに、書籍化の件をきっぱり断ってる。押し通そうとしてるってことはつまり、いらないものを売りつけようとしてる訪問販売だ。
「もうおしまい。帰れ」
「え」
「DMのとおりだ、書籍化するつもりはない」
陽気に活動的な円の笑顔が、静止した。しくじった。わからないけどやらかした。そんな顔つきだ。
「あの、あたしなにかしでかしまたか」
「アプリとめろ」
「え あたしよくメモ代わりに録るんですが」
あわあわと、落としそうになりながら、スマホを取ってタッチする。
オレは立ち上がり、玄関の間へ戻る扉のところで腕組みした。
「オレにはそんな習慣はない。お帰りはこちら」
退去命令。家の主がここまで言えば、普通はぺこぺこ帰るもの。
円もバッグをまとめてすごすご立ち去る、そうするものと思ったものだが、彼女は居住まいをただしただけで、相変わらず、キレイな正座でそこにいる。
むしろ麦茶を飲み干し、お代わり催促の雰囲気もだしてる。
「あのまだ、話は終わってませんが、というかここからが本番でして、ご近所のプライベートモードから切り替えます……キリっ」
きりって、口にだすか。とっとと帰れ。
今日はまだ、5つしか記事を書いてないんだ。あと20コくらいは投降したい。地味にサテライトブログを強化しないと、おととい作ったメインサイトが浮上しない。時間は有限なのだ。
「しつこいな……親にきてもらうぞ」
「小学生の家出ですか。おそらくですが、加藤さんが書籍化をしぶっているのは、ネット収入に費やす時間が確保できなくなる、そういう理由ではありませんか。アフィリってアフリエイトのことですよね」
「それがなんだ」
「小説は(あたれば)、お金、もうかりますよ。がっぱがっぱと」
儲かる話は嫌いではないが、小声の(あたれば)は聞き逃さない。
この女は、世の中をなめきってる。お金を稼ぐことの大変さを分かってない。1円だって、なにもしないで口座に振り込まれることはないのだ。
この際だ。二度とうちに来る気が起こらないよう、徹底的に、おしえてやろう。
オレは、テーブルの向いに座りなおした。




