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リモートブックストーリー  作者: 北佳凡人


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10/16

表札


 近所限定の母の知名度をつかってあがりこんだ加藤さん宅。うらぶれた男やもめ所帯を想像していたのだが、まったく反対の部屋だった。


 お供え物のプリンがみっつも置かれた仏壇。ほかに変わったものが無い部屋だった。というか物が少ないリビングだった。10畳はあるだろうか。たっぷり6人以上が座れる和室テーブルと、3人掛けソファ、それに2人掛けの椅子テーブル、座ってくつろげる家具はあるのに生活感がない。


 椅子テーブルの向うは対面式のキッチン。そこのサイドボードに並んだ20程の写真立てには、子供も大人も、犬も、たくさんの被写体が微笑む。


「いきなりやってきて他人の部屋を値踏みか」

「あいえ、おひとりで住んでいると聞いていたもので」

「ひとりが悪いか。麦茶おくぞ」


 おもてなしの欠片もなく、かちゃりと置かれた麦茶には、餡をパイ生地で包んだ地元のお菓子も添えらていた。


「モースマン! 大好きなんです。いただきます」

「すこし固いかもしれない。今朝まで仏壇に供えてた」

「……いわなくてもいいですよね。それ」


 ちらりと賞味期限を確認。生菓子はふつう3日ほど。日付は明日だった。安堵して包み紙をむいて頬張った。うん、老舗の味だ。


 しっとりパイをもしゃもしゃ味わいながら、ノープランだったと思いかえす。


 小説を書けって押し付けても、先輩のいう通り加藤さんは素人。文章が上手いだけの趣味作家にすぎない。書籍化の拒否の宣言もしてる。いかに覆して、こちらの要望を叶えさえようか。うーん。


「ったく。遠慮のない娘だな。さすがあのオバサンの子供だ」


 うん? そこ? 母さんネタは家族内じゃ公然のタブーだけど。食いつくなら。


「母は、つかまったら会話が終わらない“ネバーエンディングトーカー”ですから」


 ぷっとふいた。ネバーエンディングトーカーがツボだったらしい。


「い、家でもあの調子なのか?」

「そーでもないですよ。家族はストップのかけ時を知ってますから。憂いなくランディングさせられます」

「それ、おしえろ。次に捕まったときに試す」


 キターーーーーー!


「いいですけど、条件が」

「書籍化には応じない」


 このくそ男。あたしは、生まれてはじめて人の首を締めたくなった。

 まあいい。あたしは大人の女。ここはじっと粘って、ヒントをつかまないと。


「面倒なことが嫌いだって言ってましたよね。ロンリー加藤さん」


 無表情かつ不愛想な加藤さんの表情が、より湿った顔になった。


「PNと混ぜるな。それとオレは加藤じゃない」

「加藤さんでしょ? 家の親がそう言ってましたし。表札が加藤だし」

「あれな。ここはもともと嫁の実家。建て変えるとき、二世帯住宅にする話がでて、それならと、一緒に住むことになった。籍はオレの苗字」

「えへぇ。二世帯家庭は珍しくないですけど。それなら、表札は2枚にしませんか」

「ホームセンターに注文したよ。でも受け取り拒否した」

「どうして?」

「受け取る段になって嫁が、壁に貼り付けて落ちないかと聞いた。相手はたぶん大丈夫ですと答えた。物事に細かい嫁はそれが気に入らななかった。落ちて壊れたら責任とってもらえますかって。そんなの、ホームセンターの管轄外だろう? バカバカしいが結果、加藤の古い表札だけになった」


 なに。ちょっと面白い。


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