カフェにて
「大丈夫。ドーンと私に任せときなさいって」そう言ってあげると、彼は少し照れて顔をくずした。
可愛い。やっぱり素敵。この笑顔、好きだなぁ。
土曜日の午後。
カップルや家族連れで賑わうショッピングモールのカフェで、私たちは戦略会議の真っ最中だった。
事の起こりは三日前、密かに気になってた彼から突然の告白。すっかり舞い上がってしまった私は、お目当ての相手が私の親友だって気づいてガッカリ。あの時はホント、動揺を隠すのに精一杯だったのよね。不審に思われてなかったらいいんだけど。
実際、彼女は私から見てもいい女。綺麗だし会話も面白いしスタイルもいい。その上、性格までいいから困っちゃう。ホント、欠点なんて見当たらないんだもの。
でもいい子なんだ。本当にいい子なの。だから私、彼を応援することに決めたんだ。
それにしても、勘違いに気づいてから数秒後には「全面的に協力する」なんて力説してんだから、私の切り替えの早さも相当よね。
そんなわけで、彼女に交際を申し込む方法について、こうして今、話し合ってるってわけ。
「趣味とか、どうなの?」という彼の声で我に返る。ヤバイ。ちょっと見つめてたかも。
慌てて返す。
「あ、あぁ、趣味ね。そうね……難しいな。彼女、これといった趣味は無いんだよね」そう言うと、彼は少し考えてから「それじゃ、キミの趣味は?」と返してきた。
「え? 私?」
「うん。付き合い古いんでしょ? 似てるんじゃないかと思って」
ああ、そういう事ね。まぁ、そうだよね。でもビックリするじゃないの……。カフェオレを一口飲んで気持ちを落ち着ける。
「私は……そうだなぁ。公園とか散歩したり美味しいもの食べたり、あと演劇を観たりするのも好きかな」
「そうなの? いや、俺も演劇とか好きなんだよね」急に目を輝かせる彼。
「映画とかちょっと退屈な感じがするんだよ。筋書きが決まってるっていうか。まぁ芝居だって決まってはいるんだけどさ」
「わかる! でも臨場感があるからね。ライブ感っていうのかな。舞台は生ものだから」
「それそれ!」ちょっと身を乗り出しながら興奮気味の彼に、こっちもテンションが上がってくる。
「じゃあさ、今度一緒に観に行かない?」勢いで言ってから、しまったと思った。彼もちょっと困惑した様子。やってしまった……。とりあえず笑って誤魔化してみる。
「あ、あはは。いや、あの、別にそういう意味じゃなくてね」
こっち見てる。どうしよう。
「彼女を誘ってみたら? ってこと」目を逸らしながら苦しい言い訳。
「彼女も演劇、好きなの? よく一緒に行ったりするの?」
「あ、いや、その……まだ、一緒に行ったことは無い……んだ……けどね」
しばし沈黙。
重い。何か喋らなくちゃ。この雰囲気を変える会話。
と、彼の方から「じゃあ演劇はやめといた方が無難なのかな」と言ってくれた。
助かった。
結局、無難なところでオシャレなレストランに誘うって話に落ち着いた。我ながらアイデアの凡庸さにガックリするが、まぁ彼女も食べるの好きだから悪い気はしないんじゃないかと思う。
私から彼女に話をしておいてあげると言ったのだが、彼は自分で連絡するからと断った。男から誘うってのが重要なんだそうだ。
「優しいしカッコイイし、彼女もきっと OK してくれるよ」
「やめてくれよ。そんな風に言われると照れるからさ」手を振って笑う彼。可愛い笑顔。幸せそうな顔しちゃって。
顔を赤らめながら話をしている様子を見ているうちに、だんだんと切なくなってきた。さっきはちょっといい感じだったんだけどなぁ……。ああ、ヤバイ。泣きそうだ。
ふと、彼の携帯が鳴る。
「あ、悪い。友達。ちょっとゴメンね」そう言うと立ち上がって、話しながら向こうに歩き出す。雰囲気から察するに男友達のようだ。誰だか知らないけど、ナイスタイミング!
天井を見上げて涙を我慢する。
ここは吹き抜けになった上層フロアから、こちらが見下ろせる構造になっている。下を眺めている人々を見ながら、ぼんやりと考えてみた。そこから見ると、私たちってどんな風に映ってるんだろう。
……でも、いいんだ。
彼女よりも先にデートしちゃったんだもの。
それくらいは許して欲しいよね。二人には幸せになって欲しい。本心からそう思ってるんだから。
携帯で話しながら、俺は焦っていた。
「あ、俺。うん。今、一緒にいるんだけど……え? いや、まだ誤解、解けてねぇよ。ていうか余計、面倒な感じになっちゃってんだけど」
相手は俺の親友。以前から気になってた彼女に告白するって話をして以来、相談に乗ってもらってる。
「だから、告白はしたんだよ。したんだけどさ、なんか妙な勘違いされちゃったっていうか……。彼女の友達のこと好きだって事になってるんだよ」
電話口から興奮した声が聞こえる。
「わかってるよ! でも俺もよくわかんねぇんだって!」そう言って無理やり電話を切る。駄目だ。ちょっと落ち着かないと。
振り返って彼女を見ると、吹き抜けの上の方を向いてぼんやりしていた。
もしかして退屈してんのかな。そんな風に思ったら、なんだか切なくなってきた。さっきはちょっといい感じだったんだけどなぁ……。ああ、ヤバイ。泣きそうだ。
「泣いてるの?」気づくと、知らない子どもが不思議そうにこっちを見上げていた。
「いや、泣いてないよ。ちょっとゴミがね」言いながらゴシゴシと目を擦る。
そうだ。ここで負けちゃ駄目だ。今日こそはしっかり誤解を解かなくちゃ。
俺は気合を入れなおして、彼女の待つテーブルへと歩き出した。