いってらっしゃい
ずっと頭が痛い。後悔と罪悪感で押し潰されそうになる。一刻も早くこの街から立ち去りたかったが、街がそれを『許さない』と言っているように感じた。
――――見ろ!これが現実だ。 お前が引き起こした歪みだ!と……。
いくら歪みが無くなっても一度崩れた人間関係が修復されるわけではない。このまま、ほとぼりが冷めるまで様子を見るべきか、少し戻った神力を使って皆の記憶を一部消してしまうか。
考えながら歩いていると、遠くの方から笑い声が聞こえてくる。
「笑い声?どこから……」
声のする方へ向かうと、家の中から男女の笑い声が聞こえてくる。夫婦なのだろうか?さっきまで喧嘩していたとは思えないくらい、仲睦まじく、とても幸せそうな顔の二人がいた。
「なぜ、僕たちはこんなに、いがみ合っていたんだろう?」
「私もわからないけどまた、あなたと楽しく話が出来るのはうれしいわ」
「「ごめんなさい」」
人間は愚かな生き物だと思っていた。いや、違う。そう思いたかったんだ。
欲にまみれ、争い、傷付け、愛だの、恋だの結局は自分勝手な生き物だ。もちろんこんな人間ばかりではないことはわかっているし、この考えは変わりはしない。だが…………。
「何もわかっていないのは俺か……」
神である俺が、自分の理想や欲望を押し付けてしまった世界。そりゃ、歪むわな。アーネットの言った通りだ。これは全て俺の責任なのに、この街の人間はそれを自ら乗り越えようとしている。
これなら安心して、この街を離れることが出来る。俺がいても良いことはないし、あまり神である俺が直接、干渉するのは良くない。
なのになぜだ?なぜ、こんなに胸が痛み、ざわつくのか。安心したはずだ、マリーのケガも治した。ピースのかけらも交換したし、街にも笑顔が戻ったはずなのに。
しかし、この世界の惨状を知ってしまったからには、早く次の街に向かわなくてはならない。気になることも、やらなくてはならないことも山積みだ。
さっきまで誰の姿も見えなかったのに、少しだけ街の人影が見える。気のせいか、こちらを見ているような気がする。いつもの俺なら『かっこいい俺に見惚れるのも仕方ない』と思うところだが、今は視線が痛い。まるで『早く出ていけ』と言われているとさえ、思えてくる。
――――わかってるよ、だりぃな。
足早に街の出口へ向かう。これは出かけるというより、逃げ出すような心境だった。
「頼む!待ってくれ!」
「まって!おにぃちゃん!いかないで!」
後ろから呼び止める声が聞こえる。マリーとカースだ。
「おいおい、まだ、お礼も言ってないのに黙って出ていくなんて水臭いじゃないか」
「わたしもまだ、ありがとうっていってないよ!」
振り返る事に戸惑ってしまった。結果的にマリーを傷付けた元凶は俺だ。それなのに合わせる顔なんて、持ち合わせてはいない。
「俺は何もしていないし、礼を言われることなど……」
「ピースメーカー!私は……あなたが誰であるうと、娘の恩人には代わりありません」
「おにぃちゃん、おケガなおしてくれてありがとう!またあそびにきてね!」
「ああ、またグラタン作ってくれるなら……な」
「うん!やくそく!まってるね、いってらっしゃい!」
ざわつく声で、二人の後ろに街の皆が集まっていることに気付いた。なんだ?なにかあるのか?
「久しぶりのお客さんだからな、見送りに来たのさ」
カースの満面の笑顔はどことなく、マリーに似ていた。
「そうか、ありがとな」
そのあとは振り返る事なく、街を出た。視界が滲んで見ることが出来なかった。
――――いってらっしゃい、か……だりぃこと言いやがって。
「…………いってきます」
俺は、誰にも聞こえないくらいの小さな声で……初めての言葉を口にして街を後にした。
「おとうさん?おにぃちゃんのおなまえ、しってたの?」
「ああ、あの人はマリーを、街の皆を笑顔に変えてくれた神様みたいな人さ」
「だから、忘れちゃいけないよ?あのお兄ちゃんの名前は『ピースメーカー』さ!」
「ふーん。へんな、なまえだね」
ゴルゴンゾーラのグラタン食べたいです。