名前は
右手に纏った淡い緑色の光が、マリーの身体を優しく包み込んでいく。頭の傷や身体にあった小さなアザもスゥーーっと消えていく。
俺の神力の一部がなぜ戻ったのかは、わからないが、とにかくこれでマリーのケガが治るならそれでいい。
傷も塞がり、落ち着いた様子で眠っているマリーを降ろし、うるさくさえずる父親のほうを振り返る。
「貴様!ワシの娘に何をした!?」
「黙れ、小僧、お前こそ、自分の娘に何をしたのか、わかっているんだろうな?」
俺はこいつの顔面を殴り飛ばしたい衝動を抑えながら、顔を右手で掴み、神力を流し込んでいく。治癒の力なら酒も抜け、平常心に戻るだろうと思ったからだ。
「ぐうぁぁあぁあぁぁ!!!!!!!」
「だりぃー声、出してんじゃねぇよ、自分が誰かわかるか?名乗ってみろ」
「ワ、ワシはカース、妻のローズと娘のマリーと暮らしている、薬屋の店主……」
正気に戻り、自分がしてしまったことを自覚したのだろう、泣きながら娘のところへ駆け寄り抱きしめている。
「すまん……すまん……マリー!ワシは娘になんてことを……」
俺は小さく息を吐き、事の顛末を聞くことにした。俺には知る必要があるからだ。
「カース、教えてくれ、何があったんだ?」
「この街はチーズが名産で、ここに住む住民のほとんどがチーズの売上で生活している。旅の人も多く、賑わっていた。二年前までは……」
「二年前に何があったんだ?」
「急に……この街に訪れる人が減っていき、ワシらも少しずつ生活が窮困していったんだ。それからというもの、街全体がギスギスしていったよ。見ていて感じなかったかい?『街』なのに人が少ないと」
確かに、街の外には誰もいなかった、それは皆、家にいて喧嘩ばかりしていると、そう思い込んでいたんだ。たいして調べもせず、勝手に納得していた。
「そんなことで、こんな有様になるのか、少しおかしくないか?」
「……そんな……そんなことだって!?ふざけるな!!皆、食べるものに困り、若い者の多くは出稼ぎに行ったきり、帰ってこない!街に残されたワシらはこの街を守らなければならない!」
いい大人が、目に涙を浮かべながら、怒りとも、悲しみとも言えない顔で俺を見ていた。
「娘を助けてもらったあんたに言えた義理ではないが、よそ者のあんたに何がわかる!ワシらはただ、神からのお告げにあった街と、チーズを守らねばならない!マリーも毎日、教会の近くで薬草の勉強をしていた。一人で……毎日……一人でだ!」
――――何も言い返すことが出来なかった。これは全て俺が招いた結果だ。お告げも俺がパスタを食べたいから言った気まぐれによるものだ。それに最後、口には出さなかったがカースはこう言いたかったんだろう。
『神など、いない』と…………。
「すまなかった、迷惑をかけた。俺は出ていくが、最後にマリーに伝えておいてくれないか?」
「おい、あんた、結局何者なんだ?」
名前か。さすがに、この流れで神の名『ガイン』を出すわけにはいかないしな。ただ、新しいピースのかけらをはめ込みに来ただけだしな。
「俺か?俺は…………」
『気まぐれのpeace makerだよ』