百合小説:盗賊と騎士
「あのさぁ、そろそろ諦めた方がいいと思うぞ」
「ふー、ふー、諦めては、い、いけません!」
盗賊はちょっと困りそうな顔で、息切れして貪るように空気を肺に吸い込ませている騎士を見つめる。
冴えた月が昇って来て、銀色の明かりをこの町に撒く。聖銀の鎧は冷たい光を反射し、高価そうに光っている。
こいつ、貴族だな、と盗賊は思った。
「帝都からずっと追いかけて来やがって、よくも三つの町を走り抜けてついて来たな。一応褒めてやるぞ」
「き、貴様を、捕まえるため、だッ…ゲロロローー」
さすがに走り過ぎるというのか、騎士はいきなり蹲るようになって吐き始めてしまった。
「おい、マジかよ。ったく、こんなに重そうな鎧を着てるのに無理やり運動しやがってたせいなのよ」
なんかほっといては行かないと考えて、昼間から夜まで相手を自分を近寄らせてない盗賊は、まさか自ら騎士の側に行った。
軽く背中を撫でて、こいつってでかいな、と思った。
「な、なめるな!盗賊ごときの同情なんてッ、て、…ゲロロローー」
「うっわっ、こりゃ朝ごはんまで出しちゃうよな」
「だ、黙れ…」
「はいはい、ちゃんと休んでてねぇ」
しばらく休んでいて、体力を少しだけ回復したばかりに、真面目な騎士は立ち上がって剣を盗賊に突き付けようとする。
「あ、ありがとうございます。しかし、私の任務は貴様に盗まれた宝石を公爵殿に返し、そして貴様を捕まえ…」
盗賊は視線を下に向け、そっちに騎士の両足が絶えずに震えている。
一つため息をついて、口を開ける。
「まぁ、お前のような根性のあるヤツは何年ぶりだろう。でもさぁ、宝石宝石って好き勝手に言いやがって、最初から言ったんだろう?ウチじゃねえってば」
「ふ、ふざけんな!貴様しかいません!」
「あのさぁ、なんでそんなにてっきり言うの、証拠でもあるの?」
小柄な盗賊は手を腰に当てて、問い質した。
「それはこ…!」
「それは公爵殿の一方的な言い分じゃねぇの?必ずその大泥棒が盗んだ〜って」
太い公爵の話ぶりを真似しながら、頬を膨らめてそのでっぷりの顔を模倣する盗賊の様子が可笑し過ぎるのか、騎士はまさか噴き出してしまった。
「…ふっ」
「笑ったの?お前ってセンスが変だね」
「う、うるさい!所詮盗賊の言い訳に違いない!大人しく捕まれば…」
「ほら!」
突然、盗賊は革製の帽子を脱いだ。
初春に芽生えたばかりの葉のような緑の長髪は微風に吹かれ、その可愛らしい頰をそっと撫でる。
そして、盗賊は自分の尖った長い耳を握って見せようとする。
「これを見たらわかったはずよ!ウチはエルフなの!宝石といい黄金といい、エルフにとってはただの石なの!」
「え、エルフ…」
しばし言葉に詰まった。
すぐ正気に戻った騎士は固唾を呑んで引き続き質問した。
「でも貴様が現場にいたのもこの目にしたもの…」
「そうそう、確かにウチはいつもいつも貴族の家に潜り込んでいたのは事実だ。けれど、それはただのいたずらなの!人類ってそんなくだらん石を大切にしてるから、もし隠したらどんな顔だろうって思ってさぁ」
「じゃあそれは窃盗ではありませんか!」
「ち・が・う!」
怒ってそうに盗賊は足を踏み鳴らした。
「だから言ってたんじゃん!隠しただけなの!一度も盗んだこともねえ!すぐ見つけるようにわざと近くに隠したのにな!」
「…でも、確かにどこでも見つかりませんでしかが」
「そう!それだそれ!」
急に騎士の前に近寄ってきて、指を鼻先に指す盗賊。
二人は互いの睫毛を一本一本数えるように近い。
「貴族の奴ら、こっそりと宝石を隠しやがってウチに濡れ衣を着てくれたの!もう〜ウチがやってないのにな!そしてどいつもこいつも、何かがなくなったら全部ウチに押し付けやがって!」
「ち、ち、近いです…」
顔を赤らめて騎士は思わず盗賊を押してのけた。まるで自分の目的はこの少女を捕まえることをすっかり忘れてしまったようだ。
「わかりました。き…貴女の無実について、私はこれから調べていきます」
「ホント?あら、お前ってそんなに石頭じゃなさそうだな、見直したぞ〜」
エルフなのに小悪魔のような微笑みを浮かべて見せた。
今度は嬉しくてたまらないと言うか、盗賊は再び足を踏み鳴らした。
「でも!」
正義の騎士は金属の手枷を取り出した。
「真実を解き明かすまで大人しくしなさい!貴女の安全を保証しますので、心配しなくていい」
「そんな〜ねぇ、騎士様〜さっきからジロジロとウチのことを見つめてたんじゃね?ここを見逃してくれたらイイコトをして・あ・げ・る・よ〜」
と言いつつ、盗賊はウサギのように跳ね上がって、小さくて柔らかい体を騎士の堅固な鎧にくっつけるように迫ってくる。
「や、やめろ!色仕掛けても無駄です!私は女ですから!」
「へえ〜そうなんだ?背中が高くて、てっきり男だって思ってたのにな〜まぁ顔まで覆われてるから様子も見えねえしな」
「や、喧しい!」
と言ってから盗賊の小さな手に手枷をかけようとするところ、彼女は急に一歩あとへ退いた。
「騎士様、ここはどこだって思うの?」
「な、なに?ここは屋根の上ですが」
もし平地なら騎士のスピードで早く追いかけられるけど、この子はひらりと屋根の上に飛び移ったりできる。
ついにさっきこそ、この屋根に登って『追いかけた』ということなのだ。
銀色の月明かりを浴びて、盗賊の笑顔は高嶺に咲き誇る薔薇のように、その冷たい環境に相応しくない熱情に溢れている。
「騎士様、これは忠告だぞ、次はーー」
今度は高く飛び上がって、重く屋根に落ちた。
その衝撃力で屋根はガチャガチャと断裂の音を立てて、あっという間に穴を開けてしまった。
「あああああああああ!」
騎士もが重く落ちてしまった。
幸いにこの屋敷は廃棄されて誰もいないようだ。
「ーーこんな重い鎧を着たままウチを追いかけてこないでね!」
「き、キサマーーーー!」