メガネをかけて
「やあやあ、プラくん。今日もよいお天気だねぇ」
森の中を歩くメガネをかけたチナが言った。
「わっ、ウザっ」
隣を歩くプラが言った。
「……リアクション一発目からストレートに辛辣だな。今ので心折れちゃったよ」
「甘ったれてんじゃないわよ。身から出た錆びよ、続けなさい」
「相も変わらず手厳しいお人だ。まあ、いいが」
チナはメガネを上げ直した。
「にしても驚いたわね。人間、一朝一夕で視力をここまで落とせるとは」
「違う違う。これはダテだよ」
「ダテ? ならなおさら何故そんなものを装着してるのかしら。重いだけじゃないのよ?」
「かぁーっ! これだから田舎者はイヤになるなぁ。こいつは今をときめくオシャレヤングの必需品じゃないか!」
「何よオシャレヤングって、勝手に新出単語を出さないでいただける?」
「既出だ既出。お前が知らないだけだよ」
「まあ、随分と強気なのね。たかがメガネのひとつやふたつかけたくらいで」
「メガネはふたつもかけんが……いや、それよりもたかがメガネとは何だたかだとは」
「だってダテメガネなんて、目の周囲の雰囲気を変えるだけじゃないのよ。その程度でオシャレだなんて、ヘソで茶がわくわ」
「お前がどこで茶をわかそうが知ったことじゃないが、メガネのあるなしで、他人に与える印象の違いは大きいぜ」
「そういうものかしら?」
「そういうものだ。例えば、道を尋ねようと思ったとき、目の前にメガネをかけた奴と、裸眼の奴がいたとしたら、お前はどちらに聞きたいと思う?」
「うーん。メガネの方?」
「だろ? メガネの方が知的に見えるからな」
「いや、メガネかけてる奴の方が腰が低そうだから」
「うぉい! 理由! 理由が最悪過ぎる! なんでお前はそうひねくれ者なのだ」
「うるさいわね。腰が低いそうってことは、裏を返せばそれだけ話かけやすいってことでしょうが」
「むむ、それは……そうだな」
「納得するんかい。まあ、でも確かにメガネひとつで印象は変わってくるわね」
「だろぅ? だから今日の私はメガネをかけているのだよ」
「知的に見せることで、本質を隠しているのね」
「あ? 本質?」
「そう、本当はバ……アホという本質をね」
「おい! 言い直した意味! その意味を疑う!」
「ごめんなさい、真実を告げてしまって」
「真実は時として嘘よりも残酷だ。今後、気を付けろよ」
「ええ。あなたも努力してね」
「そうだな、せっかくメガネを手に入れたのだ。これを機に見た目だけでなく中身も知的になろうかな!」
「……」
「……」
「自分で言ってて悲しくない?」
「うん、悲しい」
レンズの向こうで一粒の涙が輝いた。