カニ歩きをして
「……意外と難しいな」
そう呟いたチナは、林道をカニ歩きで進んでいた。
「……」
その姿を隣を歩くプラが冷ややかな目で見つめていた。
「ん? うわっ! さぶっ! 何その視線! さぶっ!」
プラの視線に気がついたチナが言った。
「さぶいはこっちの台詞よ。何、森羅万象が生き絶える程に寒いギャグやっているのよ」
「森羅万象は言いすぎだろ! というかギャグじゃない!」
「え!? ……正気でやってたってこと?」
「ああ」
「……まあ、いつものことね」
「だろ? 今さら驚くことではない」
「そうね……というか認めるのね」
「おう、長い付き合いだからな」
「超柔軟」
「へへ」
「でも疑問は疑問のままにしてはおけないわ。なにゆえそんな歩き方をしているのかしら?」
「よくぞ聞いてくれました! これは今、巷で話題持ちきりの「カニ歩き健康法」だ!」
チナは腰に手を当てて言った。
「……うわぁ」
チナが冷や汗を浮かべながら言った。
「バッドリアクション! バッドリアクションだぞ今の「うわぁ」は!!」
「ごめんごめん。つい自分の気持ちに正直になってしまったわ」
「おいおい、嘘も方便。いつだって正直が適当だとは限らないんだぜ?」
「あら名言。その言葉を紙に書いて、風船で飛ばしたいわね」
「なんだその公開処刑は! やめろやめろ!」
「しないわよ、そんな面倒くさいこと。で、その健康法は意味あるの?」
「それは、未来のアタシが証明してくれるさ」
「あら強気。楽しみね」
「おう。期待していろよ」
そう言うとチナは得意気にカニ歩きを続けた。
そして一週間後。
「おーい、プラ。今日の晩メシはなんぞ?」
テントを張り終えたチナが言った。
「ふふふ、聞いて驚きなさい。今晩のメニューは……」
プラが切り株に置いた小包を開けながら言った。
「なんと……カニ!!」
「マジか!!」
「……風カマボコよ」
チナはひっくり返った。
「……おいおい、だったらもったいつけるなよ」
「わ、悪かったわね。でも美味しいわよ、これ」
プラがカマボコを口に運びながら言った。
「ふーん。まあ、頂こうか」
チナもカマボコを口に運んだ。
「おっ、いけるな」
「でしょお? ……あっ」
「ん? どうした?」
「いや、カニと言えば……何か忘れているような」
「カニ? そんな失念するようなこと、あったか?」
「……ダメだ思い出せない」
「だったらいいじゃないか。頭を抱えながらじゃ、せっかくのカニ……風カマボコが台無しだぞ」
「そうね。まあ、忘れるくらいなら大したことじゃないわよね」
二人の脳ミソからは、カニ歩き健康法の存在が消えていた。
そして、二人はカニ風カマボコを堪能した。