シャドーボクシングをして
「シッ! シッ!」
森の中を歩くチナが、交互に拳を突き出しながら言った。
「何よ? 動物か何かでも追い払っているの」
隣を歩くプラが言った。
「違う! こいつはシャドーボクシングだ! あと、アタシは来る動物は拒まない主義だ!」
「へぇ、友愛主義者なのね。でも、そんなあんたがなぜ、攻撃的なモーションを繰り返しているのかしら?」
「綺麗な薔薇にはトゲがある。見かけの美しさに騙されてはいけないのさ」
「いや、全然答えになってないのだけど。何で罪のない大気を殴り続けているのかって聞いているのだけど」
「罪のない、か。果たしてそれは真実か? 誰しもが罪を背負ってこの世に存在していると思うのだが?」
「だから、話をそらすな! なんでシャドーボクシングをしているのかって聞いているのよ!」
「そうわめくな。大気に迷惑だろ」
「大気を殴ってる奴に言われたくないわよ。で、何故?」
「そう難しい解ではないさ。ただ、日々の時間を少しでも有効に使おうと思ってね」
「まーたそれっぽいことを。何があなたをその気にさせたのよ?」
「別に? ただの気まぐれだよ」
「気まぐれでいきなり不可解な動作を見せられる、こっちの身にもなってほしいわよ」
「不可解とは失礼な。これは立派な戦闘訓練だ」
「戦闘訓練?」
「ああ。この世は弱肉強食。力なき者は淘汰される宿命にあるだろ?」
「はぁ?」
「だから力だよ。力が必要なんだ。この世界で生き残る為にもっと強大な力が!」
「力に目がくらんだら最後よ。異様なまでの執着心は身を滅ぼすわよ」
「マジか! じゃあやめるわ」
そう言うとチナは両腕を下ろした。
「……いさぎがよすぎるわね。もうちょっとプライドとかはないわけ?」
プラが尋ねた。
「あいにくとそんな融通の効かないものは持ち合わせていない。格闘家に必要なのは臨機応変な心さ」
「いつから格闘家になったのか知らないけど。まあ、でも自衛手段が多いに超したことはないのは事実ね」
「なんだと? じゃあやっぱりやろう」
チナは再びシャドーボクシングを始めた。
「……だからプライドは?」
プラが尋ねた。
「だから臨機応変だよ、臨機応変」
チナが答えた。
「……それって臨機応変と言えるのかしら? ただ他人に流されやすいだけの奴に見えるけど?」
「流れには逆らってはいけないのさ。柔よく剛を制す。これマメな」
「口の減らない。まあ、マメでもなんでもいいけど、覚悟して置くことね」
「覚悟だと? 何のだ?」
「明日の筋肉痛……のね」
翌日、チナの腕は上がらなかった。